平成30年10月上旬、富山県の廃村探索、
300m進むために再び単独で出かけるのも何なんで、
金沢大学の林直樹さんにお声をかけたところ、
学生2名(野村さん、亀山さん)を含め、4名で合同探索することになった。
クルマは「通行止」の標示板がある場所から500mほど先まで進むことができた。
折り返した橋からきっちり300m進んだところ、
『村の記憶』にも載っている国有保安林の案内板が視界に入り、
その奥には、下小屋分校跡の碑が建っていた。
リベンジで何とかたどり着くことができ、嬉しかったが、
長い距離(片道約3.5�辧砲鯤發い燭擦い�、林さんはおつかれの様子だった。
家屋跡は分校跡の前後に集まっており、
道から外れて探索すると、家屋の基礎や水回りを確認することができた。
山を下りた後、野村さん、亀山さんに感想をうかがったところ、
「クマが出るんじゃないかとこわかった」
「天気が荒れたら帰れなくなるんじゃないかとこわかった」とのこと。
山の中にどんな暮らしがあったか、
彼女達には想像できなかったことだろう。
下小屋の離村は昭和41年10月だから、
私はその時代の雰囲気をリアルタイムで経験している世代だ。
「かつてここに暮らしがあった」ことを、
次の世代に伝えていくことの大切さを垣間見た一日だった。
画像1: 下小屋分校跡の碑
碑の側面には「昭和41年 下小屋集落 離村」とともに
7名の住民の名前が刻まれていた。
画像2: 下小屋雨量観測所の建物
分校跡の平地の隅に建っている。
電源は太陽光パネルから取っているらしい。
画像3: 家屋跡のコンクリの水回り
その他、いくつかの石垣を確認することができた。
(2018年10月6日(土)12時30分頃〜午後1時頃)
ログインしてコメントを確認・投稿する