平成30年7月、茨城県 廃校廃村の旅、
炎天下の昼下がり、鹿島神宮駅から神栖市深芝浜に向かって電チャリを走らせる。
ようやく鹿島東部コンビナートに入ってしばらく走ると、
行先に黒くて大きい石碑が見当たった。
立ち寄ってみると、碑の表面には「大日本滑空始翔之碑」、
裏面には「昭和18年7月11日」と刻まれていた。
碑がある一角は「砂山都市緑地」として整えられている。
五万地形図(潮来、1969)を見ると、砂山はコンビナート造成前からあったことがわかる。
私は、公園内の自販機でジャスミン茶を買って一服した。
場所はすでに東和田(旧 深芝浜)に入っていたが、
深芝浜集落跡までは、まだ4�匐瓩�あるため、
砂山の上に登ることをあきらめて、先へと進んだ。
画像1: 鹿島東部コンビナートの風景
進行方向正面に、砂山緑地公園がある。
画像2: 大日本滑空始翔之碑(裏面)
文字量の多さに、「簡潔に記すことの大切さ」を感じた。
(2018年7月21日(土)午後1時5分〜1時10分頃)
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