平成30年GW後半、新潟県中越 廃校廃村の旅、
4番目の目標 旧高柳町後谷(うしろだに)は、高柳町中心部(岡野町)から8km、
標高362mの丘陵地(峠の近く)にある。
昭和46年、集落移転事業によっ離村した。
山野田からは冬季通行止となる県道(341号大沢小国小千谷線)の峠を越えて柏崎市に入り、
1週間前にも走った鯖石川の谷 国道252号線に出た。
しかし、カーナビは岡野町から後谷までの道として、最短距離の栃ケ原を通る県道(219号松代岡野町線)を選んでくれない。
それは、この県道の栃ケ原と旧松代町桐山(後谷の隣接集落)の間が、積雪の多い年は5月下旬まで冬季通行止になるためだった。
「役に立たんヤツやなー」と思いながらカーナビを無視して走ると、雪はまったく見当たらず、
峠を越えて十日町市に入り、桐山(戸数9戸、H.29)に到着できた。
桐山の集落開発センター(公民館)そばにクルマを停めて、まず桐谷小学校跡を目指した。
この名称は、桐山と後谷の集落名に由来する。
桐谷小学校はへき地等級3級、児童数47名(S.34)、明治45年開校、昭和47年閉校。
大山神社の裏手から斜面をあがると、山道に出ることができ、
心当たりの平地には「松代町立桐山小中学校跡」と刻まれた石碑が建っていた。
この名称は、後谷が離村した後に改称されたものである。
画像1: 山道から見上げた桐谷小学校跡の平地
大山神社の裏手から山道までは、
地形図を頼りに道のない斜面を歩いた
画像2: 桐山小中学校跡の碑
「村影弥太郎の集落紀行」Webには載っていないこともあり、
見つけたときの嬉しさはひとしおだった。
(2018年5月6日(日)午後1時10分〜1時30分頃)
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