大野晋の「日本語の年輪」新潮文庫 昭和41年 を読んだ。古い本だが、日本語の成り立ちを詳しく説明している。
「なまめかし」の「なま」は未熟と言う意味で、「めかし」はほんものではないが、ほんもののように見えるという意味だった。「なまめかし」はほんもののように見えるが未熟だという意味だった。「いとおし」は「いとう」ような気持になること、見るにたえないという意味だった。目をそむけたい気持ちから恋慕の気持ちへと移っていった。
「から」は「山から」で山の素性を表す。「人柄」に現れている。それが自然の成り行きを示すところから「今から」などの出発点を表すように広がっていった。日本語の助詞や助動詞にはこのように形式的になってきたものが多い。
このように基本的な語の成り立ちを説明している。(これは大野氏の「岩波古語辞典」に詳しい)。
巻末に「日本語の歴史」を時代別に説いているのも有益だ。
晩年には大野氏は日本語の起源をタミール語だと唱えて、比較言語学者から批判された。タミール語との同系論は少し無理があったと思うが、それ以前の著作には教えられるところが多い。
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