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2017年05月26日02:08

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太田愛の小説作品:その2

 前回は近代小説の技法をその揺り籠ともいうべきゴシックロマンスを振り返りつつ確認したわけですが、近代以前の因果応報の物語とゴシックロマンスにしてもゴシックロマンスと社会派ミステリーや写実主義にしても、新しいものは決して古いものの全否定から生まれるのではなく、古いものを取り込みつつもなにかを変容させることから生み出されてゆく関係にあることが見てとれるように思います。つまりかつての因果応報の物語は単にゴシックロマンスにとどまらず現代の小説においてもその技法のいわば古層とでもいうべき領域の中で息づいている。僕はそう考えています。人間は母親の母胎の中で魚類や両生類のような形態を経由しつつ人の姿になってゆくことが知られていますが、小説の場合も後の時代に獲得したものを取り除いていった果てにはかつての物語の姿にまで還元されてゆく。その段階まで戻してなお何かを訴えることができている作が優れたものと呼べるのではないかと思うのです(→注1)
 登場人物から心理的な描写を剥奪した後に残るもの。神の視点から見下ろす読者の前でその運命を通じ何かを訴えるというありかたといえば、それは要するにプロットです。つまり因果応報の物語とはプロットそれ自体がむき出しのままテーマを訴えている状態とも見なせるわけで、テーマを最も効果的に訴えるためにはいかなる形が最善であるかを目指して構築されるからこそ人工的であると同時に、そのことに成功した場合そこには合理的なもののみが持ちうるある種の美が備わります。それは形式を通じてでしか何かを語ることのできない器楽の持つ人工美と本質的に同じ種類の美だと僕は考えていて、太田さんの長編3部作の構成にもそういう種類の美を強く感じるのです。

 それではいよいよ『犯罪者』『幻夏』『天上の葦』の3作を、それぞれのモチーフに注目しつつ見ていきたいと思います。

『犯罪者』
*作中の過去:半年(ただし暗示的には40年以上)
*表の犯罪:(無差別)連続殺人
*裏の犯罪:証拠隠滅、3億円強請、暗殺
*警官の発砲:あり(相馬が撃った)
*架空の死者:目撃者4名、犯人の替え玉、強請者真崎、目撃者2名、暗殺者滝川
*現実の死者:なし
*達成されたこと:3億円の被害者への提供、タイタスフーズの隠蔽の暴露
*達成されなかったこと:政財界の癒着の解明、連続殺人への関与の立証および首謀者たちの処罰
*解決度:中
*特記事項:鑓水の磯部との対峙(磯部なりの人心の洞察・国の行く末への展望)

『幻夏』
*作中の過去:23年
*表の犯罪:誘拐監禁
*裏の犯罪:過去の冤罪、無差別連続殺人、殺人
*警官の発砲:あり(鑓水が止められなかった)
*架空の死者:市民1名、尚の父、母、市民5名、弟
*現実の死者:なし
*達成されたこと:尚の殺人と自死の阻止
*達成されなかったこと:冤罪に携わった関係者の処罰
*解決度:低
*特記事項:鑓水の常盤との対峙(常盤なりの人心の洞察・司法の歪みを支える人心)尚は警察官になっていた(自身の手で警察の捜査をよりよきものにしようとしていた)

『天上の葦』
*作中の時間:70年
*表の犯罪:誘拐監禁、未遂の冤罪
*裏の犯罪:棄民による戦災の拡大、
*警官の発砲:なし
*架空の死者:正光、喜重
*現実の死者:戦禍による膨大な犠牲者
*達成されたこと:見せしめとして仕組まれた冤罪の阻止、首謀者たちの処罰
*達成されなかったこと:
*解決度:高
*特記事項:鑓水の磯部との対峙(戦前についての磯部の述懐)

 こうして項目を書き出すだけでも、この3部作は単に主人公役の3人が共通しているだけでなく3作が互いに関連し、反転していたり回想されつつ対比されたりしていて、器楽的な構成の観点からも見事に作られていると感じます。次回からはこれらの点を少し見ていきたいと思います。


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