昨日は、姉が手術するというので調布の病院に行ってきた。指定の午後3時までに着いたが、救急患者が入ったとかで6時半まで待たされることに。やることもないので話をする。姉とは一緒に暮らしたことがわずかな期間あるだけで、別に育てられたので、記憶のないことなどいろいろと聞く。満州で撮ったかなり薄くなったセピア色の小さな写真を持っていた。親父と産みの母と姉とその妹（幼児の時に死んだ）と、現地のお手伝いの少年が映っている記念写真。「古くなった写真は他の人には何の意味もないからね。子どももいないから渡す相手もいないし」と言っていた。私に渡したかったのか？今回は難しい手術ではないが、心臓周りなので万が一の場合も考えてしまうのだろうか。だとすると気軽に「オレがもらうよ」とも言い出せない。裏に母が書いたと思われるきれいな字で名前と年齢が記されていた。昔はそうやって写真は大切にされたのだ。最後に日付があった。昭和十九年と。私は自分を産んだ母の写真を一枚も持っていない。ふっくらとした顔の若い母がそこにいた。
6時半から手術をして9時前に終わる。医師の説明によると、とてもうまくいったという。手術といってもカテーテルによるもので、数日後には退院できそうだ。とにかくよかった。
手術に向かう姉が、下に食堂があるからこれで何か食べろとお金をくれたが、行くと「本日は終了しました」となっていた。缶コーヒーを買ってきてベッドの端で『現代ゲーム全史』を読む。行き帰りの計5時間も読んでいたので、この分厚い本の半分くらい進んでしまった。私の知らないコンピュータ前史、全然やったことのないゲーセンの歴史、ボードゲームの歴史などが世界の政治・経済的変動や、精神的な価値観の変貌などの中で文化的な動きとして捉えられている。この分野の古典になるような気がする。
自分の生きてきた時代を、こうやって捉えて考えたことがなかったな、と思う。何かを思い出すとき、全部バラバラに憶えていることに気付かされる。そうした歴史のあいまで、７６歳の老嬢となった姉とその８歳下の私が、２０１７年に生きていて病院の相部屋の片隅で、遠い昔の話なんかをしているのだと思った。薄茶色になった写真に戦争で引き上げてくる前の満州の生活が映っているように、私にはもうやることもできないファミコンのソフトが次第にうすれていっているのかもしれない。息子は写真でよりも、ゲームの場面をみて親父の私を思い出すのではないだろうか。
ご多分に漏れず私たちが一番最初にやったゲームは「スーパーマリオ」だが、それには有名なバグがあった。普通数回死ねばゲームオーバーになるのに、ある階段でうまく蹴るとその生命がいくらでも殖やすことができる。この裏ワザはファミコン雑誌などで広まっていったが、おそらくわざと作られたバグではなかったろうか。通称「無限増殖」と呼ばれていたが、幼稚園前で舌の回らぬ息子は「ムゲンジョーチョク」と言っていた。限りある命は、無限に拡大され目標を達することができるようになった。当時の世界情勢をみると、ゴルバチョフがソ連共産党の書記長に就任、「ペレストロイカ」が始められていた。奇妙な明るさが射す光景ののち、東欧の社会主義圏が瓦解しソ連という国の体制が消えた。その約10年後の日本では阪神淡路大地震が起き、オーム真理教のテロが人々の精神に陰惨な刻印を与え、同じ年にWindows95が登場した。今は、それらからどれだけの道のりを来ているのか。「ドラクエ�供廚遼粗�で母親は幼い「勇者」に向かってこういうのである。「まだこんなにちいさいのに。つらくなったらいつでも帰ってくるのよ」。だが出発した者は帰ることのできない時間の中を歩み続けている。誰もが「勇者」の顔をして。
夜の１１時半頃帰宅して食事をする。飲んで帰る時にはこの時間はノーマルだが、飲まないで帰ってくるとアブノーマルな深夜に感じられる。こんな時間に帰宅してアルコールの一滴も私の体内にないのはおかしくはないか？とカミさんに言ったら、「一杯だけ」と掟やぶりのウィスキーが私の部屋にもたらされた。言ってみるものだ（その１杯のガソリンでこの日記が書かれた）。
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