平成28年7月30日(土)、岐阜県の廃村めぐり、
三河安城駅から徳山ダム方面には、東海環状道を使った。
関広見ICからR.418へと入ってほどなく、
山県市(旧美山町)の廃村 椿(つばき)に立ち寄った。
平成18年11月以来、三度目の訪問(初訪は平成16年10月)だが、
最寄りの集落 笹賀からの川沿いの道は頼りなく、
「この道でよかったかな」とちょっと心配になる。
やがて視界が広がり、大きな離村記念碑が迎えてくれた。
初訪時は建ったばかりだった碑も、12年を経た。
碑のそばにクルマを停めて、川の上流側に歩きながら
「このあたりに縣神社という神社があるはずなんですけど・・・」
とミナカミさん夫妻と話していると、橋の向こうに鳥居が見えてきた。
過去2回の椿の探索で、私は神社に立ち寄った記憶がない。
「ゆっくり歩かなかったからじゃないかな」と思ったが、
「廃村と過疎の風景(2)」の記録を見直すと
初訪のときも碑のそばにクルマを停めて、川の上流側に歩いていた。
画像1 : 椿の離村記念碑
表面には「椿村の人家分布図」という主題で、
67戸の人家が記されている。
裏面には
「文亀元年頃に始まり 天正17年頃幕府領となり 昭和46年閉村となる」
「平成16年10月吉日建立 建立者 武藤國男」と刻まれている。
文亀元年=1501年、天正17年=1589年である。
画像2 : 縣神社 拝殿にて
春まつりの貼り紙が見当たった。
画像3 : 縣神社 従軍記念碑
昭和27年建立とあった。
太平洋戦争が終わった後のものらしい。
(2016年 7月30日(土)午後3時〜3時10分頃)
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