平成27年6月1日(月)、秋田県の廃校廃村への旅、
旅の終わりに立ち寄ったのは、上小阿仁村屋布(やしき)です。
屋布には、平成11年10月、初めて秋田の廃村をバイクでめぐった旅で立ち寄っており、
今回は16年ぶり2度目です。
http://www.din.or.jp/~heyaneko/akita3.html
16年前は雨の中、峰越しの林道を抜けて、阿仁町(現北秋田市)露熊から訪ねました。
前回はちょっとコワモテな感じがした離村記念碑が、晴天の中の再訪だったせいか、
今回はずいぶんやさしく迎えてくれた感じがしました。
小沢田小学校屋布分校は、へき地等級2級、児童数33名(S.34)、明治42年開校、昭和50年閉校。
屋布は製炭が盛んだった農山村で、電気の導入は昭和39年、最盛期は24戸(S.37頃)。
昭和50年国土庁(現総務省)主導の集落再編成事業を受け、16戸が村内 沖田面近くの団地に集団移転しました。
二万五千図(沖田面、S.48)を見ながら、住宅跡、学校跡がある棚田状の平地を歩きましたが、
往時を偲ぶものは、タイル張りの流し以外、何も見つかりませんでした。
画像1:屋布の離村記念碑
右の大きな碑は、昭和59年10月建立で、裏面には
集落の方20名の名前と、上小阿仁村村長の名前が刻まれてます。
左の標柱は、平成元年10月建立で、
萩形、折渡にも同じ形のものがありました。
画像2:屋布の探索で見つかった、タイル張りの流し
集落跡は、スギ林が3、草の平地が7ぐらいの割合です。
画像3:屋布集落跡の棚田状の平地
それほど草は生えておらず、快適に探索することができました。
建物の基礎ひとつ残っていないのは、集落の方々の
「自然に還そう」という気持ちの表れなのかもしれません。
(2015年6月1日(月)午後3時頃)
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