平成27年6月1日(月)、秋田県の廃校廃村への旅、
上小阿仁村の3つのポイント(萩形、折渡、屋布)の中では
折渡の難度がいちばん高いと思っていた。
「秋田・消えた村の記録」の折渡の冒頭には、こう綴られている。
「折渡行きは二度試みたが、ともに途中から引き返している。
いくら進んでも集落跡らしいところはないので、
道を間違えたと想い、つい戻ってしまう」
そして、三度目の挑戦で、何とかたどり着けたのこと。
新旧の地形図を照らしあわせて、場所のアタリはついていたが、
今の林道(国見沢林道)から折渡集落跡へ向かう道は記されていない。
仏社小学校(のち小沢田小学校)折渡分校は、
へき地等級4級、児童数17名(S.34)、大正4年開校、昭和49年閉校。
閉村は閉校と同じく昭和49年、電気は開通されなかったという。
前日、北海道上ノ国町大安在の探索で、
「難度の高い廃村探索では、現在地の特定が大切」と、強く思った。
折渡の探索では、大安在と同じくカーナビを最大限活用し、
画面上のポイントの向きで、「折渡に続く山道はこれだ」と確信した。
幸いなことに、的はあたり、林道の分岐点から約500m、
およそ10分で折渡集落跡の標柱(木柱、石柱)を見つけることができた。
画像1:折渡部落跡の木柱(裏面)
「昭和58年 上小阿仁村教育委員会」と記されている
画像2:折渡部落跡の石柱(裏面)
「村制百周年記念 平成元年10月 上小阿仁村」と刻まれている
画像3:折渡集落跡の風景
木中、石柱の裏手を探索したが、
往時の痕跡は何も見当たらなかった
(2015年6月1日(月)午後1時45分頃)
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