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2013年06月08日21:08

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「新しい」表現に思う

 ここしばらく表現にとっての「新しさ」ということについて、つらつら考えています。

 きっかけはヴィドマンという今年40歳の作曲家の「セイレーンの島」を含むアルバムを聴いたことでした。昨年の秋にとあるブログでスウェーデンに旅行したときのコンサートで接したこの曲のことを悪し様に書かれていたのが、あまりにも一般的なクラシックファンが現代曲に接したときの典型的な反応だったので、人魚に特別な思い入れのある僕にとって見過ごせないその曲名と併せていたく記憶に残ったのですが、その時点では録音が見つからず、今年になってブログで語られていたその演奏のライブ盤が出たのをさっそく入手したのでした。

 確かに旋律らしい旋律もないバリバリの現代音楽ではありましたが、むしろその意図するところは僕には分かりやすい曲とさえ思われました。冒頭に現れる弦楽合奏の索漠たる響きは穏当なるクラシックファンには耐え難いものでしょうが、その響きにより緊張感の高められた空間に登場するヴァイオリンの独奏はやはり旋律めいたものを持たないにもかかわらず、しばしば人の声にも例えられるこの楽器の特性をいかんなく発揮して、言葉も旋律もないにもかかわらず、確かにある種のうたごえめいたものを想起させるものになっていました。「セイレーンの島」(原題はドイツ語で”Insel der Sirenen”と表記)という題名が手がかりになっているのは確かですが、それがなかったとしてもこのコントラストは作品にちゃんと向き合ってさえいれば聞き落とすことはないと思えるものでしたし、同じCDに併録のヴァイオリン協奏曲ではもう少し普通の音楽らしい書法になっているあたりに、作品が聞き手にどう聴かれるかを作者が意識していることやそこから一定の配慮を示していることも伺えるものと感じました。少なくとも「分からない奴が悪い」といった傲慢な態度の作曲家でないのは確かだと思います。

 僕も含めてクラシックファンは基本的に古い時代の音楽を好む人種であるわけですから、どうしてもある種の保守性が付き纏いがちではあります。演奏においてさえ今の演奏よりも昔の演奏を尊ぶ傾向が顕著なほどですから、筋金入りとさえいえるかもしれません。むろん趣味として聴く以上、文句をいわれる筋合いなどどこにもないわけではあります。
 けれど特に欧州において演奏様式もオペラの演出も驚くほどの速さで変貌してゆくクラシック音楽のあり方を見ていると、我が国の古典芸能などと異なりクラシック音楽は変貌してゆくことで時代を超え異質な文化圏へも越境していったのだと痛感せざるをえないわけで、そこを見ずにいたのではクラシック音楽の本質を見誤るような気もするのです。

 古い音楽への嗜好の中に現代的なものへの不満や嫌悪さえ滲むケースもないとはいえないクラシックファンですが、そこまでの守旧派はもう仕方がないとしても、少なくとも今の演奏家による演奏を受け入れられるファンである以上、ときには自分にとって全く未知の曲にも接していきたいと思います。それはともすればなじみのあるものにばかり接することでついつい緩みがちな聴くことの緊張感を維持するまたとない機会であるのみならず、演奏家が初見の訓練をするのにも似た対象を見極める目を養うことに資することだとも思いますので。そしてそれが時代の響きを聞き取るまでに至ったなら、今の演奏と今の作品が一気に眺望されることにもつながるかもしれません。ベートーヴェンの同時代人になれなかった我々ですが、少なくともヴィドマンの同時代人にはなれたのですから。

 もっともこの状況には、創作者の側と受け手の側との間のある種の乖離も預かっているのだろうとも思います。あるマイミクさんが少し前に、ものを書く以上は新しくて陳腐さのない書き方を目指したいという趣旨のことを書いておられたときにも思ったのですが、こういう意識は作り手の側にはどうしても生じるものだとも思うのです。けれども受け手の側は必ずしもそうではない。クラシックファンほど極端ではないにせよ、新しいというだけでそれを魅力と感じたり好意的に受け止めてくれるわけではない。おそらく受け手を納得させるには単に手法や書法が新しいだけではだめで、それが表現しようとする内容を活かしきっていて古い方法ではこの代わりはできないと感じさせるレベルというか完成度になっている必要があるのではないかとも思うのです。つまり内容が古い方法で最善に表現できるものなら、古い手法をあえて採用する勇気がなければならない。でないと結局作品が損をしてしまうのではないかとも思うのです。曲に応じ書法を変えているその様子を見る限り、ヴィドマンもそういう考え方の音楽家かもしれないなあという気がしています。

 道楽でしかない自分のお話作りもせめて自分にできる最善の形にしていきたいと、このCDを聴くとつくづく思います。

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