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2012年06月23日22:31

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地下P16:煙る大地より

 紅蓮の炎と恐怖の闇に蹂躙され、終わりなどないとさえ思えた夜がついに明けた。だが煙る朝日に暴かれた惨状に、一同は呆然と立ち尽くすばかりだった。

 倉庫に蓄えられていた保存食をはじめとする各種物資は灰燼に帰し、風車を奪われたことで電気を得るすべはなくなった。それは単に電気のみならず、母屋や菜園へ水を送るポンプの停止をも意味していた。そしてハンガーを失ったことはUローダーの整備はおろか燃料補給にさえ困難をもたらす事態であり、間接的とはいえ物資調達やひいては被害を受けた設備の復旧におよぼす影響は甚大というほかなかった。母屋は隣接していた倉庫やハンガーからの延焼により両翼の壁が焼け落ちていたが、広さが幸いして大半の区画はなお屋根に守られていた。だが電気と水の自給を前提とするこの地での生活の基盤が失われたいま、そのことは慰めにならなかった。

「しばらくの間生活の場を移して、その間に設備を復旧するしかないか……」
「でもリーダー、街中にはこれだけの設備が生きているところはなかったじゃないですか。だからここに落ち着いたはずでは」

 そういうミサトに向き直るアンナ。

「わかっているわ。でも、この現状で物資をはるばる運んでまでここで暮らすのはリスクが大きい。それに……」

 視線の先に、固い表情で身を寄せ合う子供たちの姿があった。

「炎に追われ、怪獣の恐怖にさらされたあの子たちを、明かりもないままこれほど恐ろしい目にあった場所に置いてはおけない。そう思わない?」



 離れたところからそのやりとりを聞いていたヒナの耳に、別の声が届く。

「なにしてるの! その脚で起きられるわけないじゃない」
「放しなよ。こんなときに寝てなんか……っ」

 激痛に歪む土気色の顔に脂汗まで浮かべつつ、それでも担架の上で身を起こそうとするサワを、必死に押さえて叫ぶリーサ。

「添え木を当ててるだけなのよ。ここで無理したら、もう2度と立てなくなるわ!」

 打たれたようにもがくのをやめたサワの身を、リーサがゆっくり横たえる。ややあって聞こえる血を吐くような声。

「あんな奴にやられた! なにも守れなかった! 悔しい、悔しいよぉ……っ」

 続く号泣に、思わず耳を塞ぐヒナ。サワに歩み寄るアンナとミサトの気配に顔をあげたリーサがこちらに気づき、サワを2人にゆだねてやってくると、疲れ果てた様子で、それでも周囲をうかがいながら囁きかける。

「さあ、あなたも手当をしないと。あんな火傷をさせられたんだから……」

 言葉がとぎれた。顔をあげたヒナの目の前で、取った手を信じ難いという面持ちで見つめるリーサが呟く。

「……傷がない。どうして? だってあれほどひどい目に」

 いいかけたとたん、診ていた手をリーサが取り落とす。彼女の目が自分の肩越しに溶け崩れたあの肉塊を見ているのに気づいた瞬間、ヒナは相手の動揺の奥に恐怖の色をかいま見てしまう。自分の表情が歪むのを覚え、顔を覆いその場から駆けだしてしまうヒナ。リーサの叫びがその耳を空しくかすめてゆく。



 壁の落ちた母屋の一室で、無力感に打ちひしがれたヒナはむせび泣いていた。変わり果てたベースキャンプの姿。自分をおびき出す標的にされたサワの叫び。化け物と化したこの身への恐怖を隠せなかったリーサのまなざし。どれ1つをとっても、まだ若いヒナにとっては耐え難い打撃となるものばかりだった。

 だが自分が敵の意のままに翻弄され抗うすべもないとの無力感は、少女をなにより深く蝕むものだった。自責の痛みを伴うそれは棘だらけの根のように心を寸断し、魂の血にも例うべき気力を根こそぎ啜りあげていたのだ。あれほどの目にあわされながら、何一つ守ることも、変えることさえできなかった。バット星人の掌の上で踊らされ、これだけの被害を出したあげく、ただ相手の邪悪な目的が着実に駒を進めただけなのだ。考えてはいけないとわかっていても、無惨な現実が突きつけるその思いを振り払うことはできず、無力感が沈殿し濃密さを増してゆくばかりだった。絡め取られたまま絶望に染まりゆく自分の心を覚えつつ、ヒナはどうすることもできずにいた。

 そのとき、戸口のところで気配がする。あげた顔の泣きはらした目に、不安げに身を寄せ合う子供たちが映る。不安と心細さをにじませた顔また顔。この子たちにこんな姿を見せられないとの思い1つでからくも涙を払い向き直ろうとしたとたん、内なる闇の脈動に凍りつくヒナ!

 一度きりの微かなそれは、だが自分の中の怪物が眠っていないことの証だった。追い詰められたあのときのバット星人の言葉の意味を、少女は初めて実感した。植えつけられた闇はもはや眠ることなく増大してゆく。敵を倒し食らうごとに、それは加速するに違いない。そのたびに自分の意識はますます削られ、いずれは食い尽くされてしまうのだ。おそらくそれより早い時点で、この身を支配されるに違いない。
 ならば自分は、いずれこの子らにも牙をむくのか。あの脈動はその予兆だったのか。激しい動揺に反応したのか、再び走る闇の脈動! 自分に怯え後退りする背を、部屋の壁が阻む。見上げる子らにも動揺が広がり、耐えかねたように声をかけてくる。

「ヒナちゃんこわいよ」「さびしいよ」「こっちきて」「だっこして」

「……だめよ、来ないで。来ちゃ、だめ……っ」

 追い詰められたヒナの呻きに、不安げに返される怯え混じりの声また声。
「ヒナちゃんいたいの?」「ヒナちゃんこわいの?」「こっちきてよ」「だっこしてよぉ」

 一人が泣き出し、みるみるそれが他の子供にも広がってゆく。もう子供にも自分の苦しみを隠せていないと悟ったとき、ついに少女の心は決壊し、悲痛な叫びが天空へと迸る!

「助けて! 誰か助けて!」


地下版サーガプロジェクト17:星の彼方に届く声 →
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← 地下版サーガプロジェクト15:火竜来襲 その3
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