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2011年09月28日21:00

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外伝7 第5章 前半

『隻眼の邪法師』〜アルデガン外伝7〜

第5章 影来る道 その1

 病に蝕まれ、体力の削げた男の苦痛に満ちた浅い眠り。それは再び彼を悪夢へと誘ってゆく。



 村はずれで半殺しにされたまま、逆さに吊るされた自分。苦痛に何度も意識を失い、にもかかわらず同じ苦痛が意識を無くしたままでいることを許さない。そんなくり返しの中で消耗してゆく少年だった自分が、苦痛を介して悪夢の中によみがえる。
 途切れがちな意識の端で悲鳴のようなものを耳にしたと思ったとき、真下に黒い長衣を着た人影が立つ。だがその顔はフードに隠され、高い位置からは人相ひとつわからない。

 ……ひどいものだな。この足では二度と走れぬ。
 そんな猫なで声が耳に届き、そのまま言葉が途切れる。いや、途切れたのは自分の意識のほうだったか。
 降ろしてやろう。
 声がいう。だがそれは、苦痛のあまり何度も耳にしたと思った幻聴以上にうつろな響きを帯びている。

 しかし声のうつろさとは裏腹に、人影の手に掴まれたことで傷ついた体が悲鳴をあげたとたん、天地が再び逆転する。追随しきれぬ精神が混乱するまま、地面に降ろされる自分。
 寸断されていた現実感が形をなし始め、おずおずと見上げる視線の前にたたずむ黒衣の影から、もはやはっきりと聞こえる妙に甘やかな男の声。
「名はなんという?」
「ヨ……」
 答えかけた声が、だが口篭る。

 肉体の痛みも確かにあった。それでも昨日までの自分ならば、恩人に迷わず答えていただろう。感謝の念を伝えようとしただろう。
 だがいわれもなく振るわれた暴力に加え、眼の前で虐殺された両親の姿が自分のなにかを、世界に対して抱いていた信頼とでもいうべきものを根こそぎ破壊しつくしていた。深く損なわれた心が声の甘さに生傷のような過敏さで応じたのだ。生まれて初めての猜疑の心が恩人であるはずの相手への警報を鳴らし、幼い言葉を歪ませる。
「ヨ……ハン。ヨハン……」

 とたんに男が笑う、勝ち誇る声で。そして偽りの甘さもろともかなぐり捨てられるフードの下から、旅の途中で出会った砂漠の民とよく似た赤毛の青年の吊り上がった唇が、鳶色の冷酷な瞳が現れる!
「ヨハン、ヨハン! これでおまえは俺のものだ」

 その後半世紀近い歳月を重ねることで、老いと共に邪悪な色を際限なく深めていった魔道師との、それが顔合わせだった。


第5章 影来る道(後半) →
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