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2011年09月16日00:08

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頂き物 その26

穴混んだ様の手になるアルデガン。
本日は第26話。巨人との戦いがついに決着を迎えます。
どうぞご覧ください。


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『塞翁』            穴混んだ

その26

 先に動いたのは、巨人だった。

 アルマが一瞬の半分の時間、ガラリアンを気に掛けるようになった理由を思い出していた時、恐るべき破壊者との次の攻防が始まっていた。

 愚直なまでの、頭上からの棍棒の一振り。

 本来なら、そのような安直な攻撃に捕らわれるような戦士はこのメンバーの中にはいない。身をずらして攻撃を避けるだけのことだ。

 しかし、その一撃はあまりに鋭く、そして迅かった。

 巨人の、人智を凌駕した膂力によって、あるいは棍棒の先端は音速に到達しかねない速さで振るわれた一撃である。常人は元より、熟達者でもおいそれとかわし得るものではない。

 その一撃を請け負ったのは、ローラムだった。

 ボルドフは先刻、洞窟の岩壁に吹き飛ばされて戦線に復帰せんとこちらに駆け寄ってきている最中。ルシードは攻に特化したスタイルであり、同じ人間が相手であればともかく、こうした巨大な一撃を防ぐには無理のある装備。必然的に、矢面に立ったのがローラムだった。

 常人よりはるかに背が高くぶ厚い筋肉をもったボルドフほどの剛の者すら、壁まで吹き飛ばそうという巨人の一撃である。それよりはるかに線の細いローラムが受けて、無事でいられよう筈はない。それが水平ではなく垂直の一撃であればなおのこと、パーティの幾人かはローラムが戦術判断ミスを犯したと考え、巨人に叩き潰される惨状を脳裏に描いた。

 ――しかし、巨人の一撃はローラムを潰すことなく、そのすぐ横、ローラムの左足元にずれ、地面を大きく穿っていた。

 それは、ローラムが斜めに構えた剣で巨人の一撃を受け流した結果だった。

 自身の体に対して、両手で剣を構えて斜めに。今少し角度を鋭利にしていたらそのまま一撃の威力を逸らしきれずに自分の肉体に対してダメージは避けられず、今少し角度を緩くしていたら、剣ごと粉砕されやはり無事では済まなかったであろうという、これ以上ないというくらい絶妙な角度での受け流しだった。巨人の一撃が振るわれてより位置取りと剣の角度、柄を握る握力や体位置のバランスといった全ての要素を鑑みて、それはやはり一流と称する戦士にのみ体得し得る水準の受け流しであったろう。ローラムが、指揮能力だけでこのパーティに加わっているのではない、それは何よりの証だった。

 そして、それが巨人にとり致命的となった。

 ローラムが剣を使って逸らし、その左脇に落ちた棍棒。それを引き上げようと巨人が右腕に力を籠めた瞬間、影となってローラムの右脇から疾駆したルシードが、巨人の右腕に飛び乗り、それを土台にして巨人の上半身に駆け上がる。

 それに気付いた巨人が、棍棒を放って右腕を振り払おうとしたが、その時にはすでにルシードは巨人の頭部目掛けて跳躍していた。

 空中で上半身をエビゾリになり、ばねとして力をたわめて体を戻すと共に逆手に持っていた双剣を振り下ろす。

 二本の短剣が、巨人の頭蓋を砕きつつ額に吸い込まれた。

 慣性で巨人の顔に張り付くと、それを反動としてすぐさま後方に飛び退く。余力で捕まれてはそこで握りつぶされてしまうからだ。案の定、巨人は右手でルシードの一瞬前までいた空間を空しく握った。

 そして、それが巨人のこの世で最後の行動に見えた。

 巨人は前のめりにふらつくと、そのまま重力に身を任せて巨体を倒れるに任せる。

「離れろ!」

 ローラムは叫ぶが、その前に全員、巨人の倒れると思しき想定場所から掛け離れていた。せっかく巨人を倒しても、その倒れる際に下敷きになって死亡しては目も当てられない。アルデガンでも屈指の笑い話となって語り継がれるような恥を、少なくともこの場のメンバーは誰一人望まなかった。

 やがて、巨人が倒れる。倒れた際、周辺にのみ局地地震が起こったかのように揺れた。

 ――終わった。

 人間に様々な急所があるのと同様、魔物にも生きるために必要な器官があり、そこが急所となり、潰されれば死ぬことは変わらない。まして巨人は、大きいというだけで人間と肉体的構造は同じであり、たとえどれほど人智を超えた膂力を持つ眷族でも、眉間を貫かれては人間同様生きてはいられぬ。一行の誰もが、そう考えたのは当然だった。

 そうして、一瞬の気の緩み。四方に散解したパーティがまた一所に集まろうとゆるゆる歩き出した――その瞬間。

 アルマが悲鳴を上げた。

 戦闘終了と感じた際の、一瞬の気の緩み。その隙をついて、巨人が最後の余力を駆って栗色髪の乙女をその掌に納めていた。

「ラルダァ!」

 その叫びはガラリアンだった。叫んだ半瞬の後には呪文詠唱と朱印を切り終え、紅蓮の炎を具現化していた。

 鉄をも溶かしかねない業火が、巨人の右手をなめ尽くす。無論、その右手に掴まれていたアルマも逃れる術はなかった。

 しかし、アルマが巨人の右手と共に熔け崩れる一瞬前、ガラリアンに名を呼ばれたラルダが呪文を完成させていた。

 先刻、ボルドフが岩壁に吹き飛ばされた時同様、アルマもまた死の直前にラルダの呪文で蘇生した。名を呼ばれたラルダが、ただそれだけでガラリアンの意思を汲み取り、入神的な詠唱速度で神の奇跡を具現した結果だった。

 そして、今度こそ。一行が、一都市をすら滅ぼし得る潜在力を秘めた敵に、完全勝利した瞬間だった。

 損失は、高位呪文の残数のみ。一行の誰からも、死者は出していない。高度な魔法や貴重な素材の数々を使って作られた魔法の品物をすら失っていない。完全勝利の名に、これほど相応しい戦闘もここ最近、珍しいことだった。衣服がところどころガラリアンの火炎魔術で燃え落ちたアルマの体にアザリアがマントを掛けてやっている間、一行の誰もが多かれ少なかれ己の中に充足した気持ちを感じていた──。



 時は前後し、ケレスとバルトが査問会に出頭させられるかどうか、まだ決定していなかった頃。

 ボルドフの話を聞き終わり、また夕食も取り終えたアラードとリアは、酒場エンキドゥを後にして、二人で宿舎の方角へと向かっていた。

 といって、性別が異なる二人が同じ宿舎な訳では、すなわち帰路が同じな訳ではない。もう夜も更けたので、アラードがリアの帰路に付き合っているのである。

「しかし、ジャイアントか! やっぱり強いんだろうなあ」

 ボルドフの話を聞いたアラードが、幾千幾万の星々が自分たちを見下ろしている空へと目を輝かせて仰ぎ見る。

「さっきからその話ばっかりね、アラードは」

 ボルドフは、アラードたちに封魔の洞窟深部に現れたドラゴンとの戦いを語って聞かせた。その話を聞き終わってからここまで、アラードは興奮してそのことばかり話しているのだった。最初は調子を合わせていたリアも、さすがに少しうんざりしていた。

「だってさ、ジャイアントだぜ? まさか迷宮にそんなものがいるなんて思ってなかったし。俺も見てみたいなあ」

「……私は、出会わずに済むならそれに越したことはないと思う」

 控えめに、しかしリアは堅い意志を持って告げた。

「なんだよ、負けないくらい強くなってからってことだよ。それなら問題ないだろ?」

「そういうことじゃないよ……」

 幼馴染のアラードにして、リアの言葉をすぐに理解してくれないことへの悲しみか、リアの声は一段と沈んだ。

「魔物には魔物の、人間には人間の住む場所があって、お互いそれを超えないにするのが一番大切なんじゃないのかな……そうすれば、戦うこともないもの」

「なんだよ! じゃあ、俺たちが魔物と戦う訓練するのは間違ってるってのか!?」

 リアの言葉に、アラードは声を荒げた。

「そんなこと、言ってないわっ」

 リアの中の、アラードの無理解への悲しみが、相手の怒声で自身のそれも怒りにベクトルが変化した。

「でも、ジャイアントだって生きているのよ? 人間に殺されるために生まれてきた訳じゃない筈でしょうっ?」

「だったら、人間だって魔物に殺されるために生まれてきた訳じゃないだろ!」

「だから、会わなければお互いに殺しあうこともないでしょうって言ってるのっ」

「だから、人間が二度とジャイアントとかと会って殺されないようにするためにアルデガンができたんだろ!? リアの言ってること、ヘンだぞ!」

「そうじゃなくて……!」

 一向に自分の言葉を理解してくれないアラードに、リアはいつしか感情が高ぶり、涙を流しながら怒鳴った。

 他の人間は仕方ない。感応力もなく、自分の言うことなど分からないだろう。実際、そのような反応があまりに多かったから、ここ最近では身近な人間にしかそのような考えを話したことはない。

 しかしアラードには、この赤毛の幼馴染にだけは分かって欲しかった。

 将来の禍根というだけで魔物を、他生物を殺しておいて、それを人間の平穏のためと称して顧みることもないような、短絡で残酷な思考をする人間にはなって欲しくなかったのだ。

 しかしそんなリアもまた、アラードのことを、もっと正確に言えばアラードくらいの年頃の、アルデガンの戦士見習いのことを理解できていなかった。

 魔物と戦うこと。人類が、二度と魔物の餌となって食い殺されることのないように肉体を鍛え、魔物を滅すること。それはアルデガンの戦士名簿に名を連ねる者として、何よりも大切にせねばならぬ決意、何よりも尊ばねばならぬ理想だった。実際、訓練場ではその教えがまず何よりも最優先で心に叩き込まれる。

 そしてそれはアラードも例外ではない。つまるところリアは、アラードのこれまでの戦士としての過酷な修練と、その修練の先にある将来のアラードをすら否定してしまっているということに、気づいていなかった。

 自分の主張に対する相手の無理解に双方、感情が急速に沸騰していく。互いに、他の誰よりも相手にだけは分かって欲しかったがゆえにこそ、感情はいっそうもつれ合った。

「……ああそうかよ! だったら、魔物と暮らすために地下にでも行けばいいだろ!? 人間より魔物の方が大切だって言うんならさ!」

「なによ、アラードの意地悪! もういいわよ!」

 最後には、お互い泣きながら相手のことを罵りあい、ケンカ別れしてそれぞれの宿舎に戻ることになってしまった。

 どちらの方がより度合いが深かったかはともかく、アラードもリアもそのことで後悔した。しかし、アラードは幼い自尊心が邪魔をして、リアはここ数日で色々なことがあり過ぎて相手に気配りなどできる精神状態ではなかったため、しばらく互いに自分からの和解は申し込めなかった。

 そして二人はそのことを、この日のケンカから関係修復するのに時間を掛けたことを、後々まで後悔することになった。

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