mixiユーザー(id:7656020)

2011年05月07日18:26

177 view

頂き物 その12

穴混んだ様の手になるアルデガン。
本日は第12話。第11話にそのまま続くお話です。
どうぞご覧ください。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


『塞翁』            穴混んだ

その12

「先ほど話したローラムと、ちょうど対極と称して良い男だったな。自分以外の何者も信じない、そんな奴だった」

 続けてボルドフは「例外は一人だけだった」と続けそうになり、慌てて口を噤んだ。誤魔化すために、酒精を飲む。その例外とは誰だったのか、と聞かれたくなかったからである。ボルドフにとってその話題は、あまり触れたくない記憶に抵触するのだ。

「ガラリアン卿のお話なら、私も少し聞いたことがあります」

「……聞いたとは、アザリアからか?」

「はい」

 リアの言葉に、ボルドフは少し複雑そうな顔をした。

「どうかしたのですか?」

 それに気づいたリアが、ボルドフに尋ねる。しかしボルドフは「なんでもない」と告げて、テーブルの上で冷め始めている料理を口に運ぶ。

「ともかく、奴の火炎魔術は強かった。だが……」

 言いよどむボルドフに、アラードが言葉を引き継ぐように話す。

「なにか問題があったのですか?」

「無益な争いを起こす癖があったのも、否定はできんな」

 ボルドフ自身、ガラリアンによって不快な思いをさせられたことがあったのか。そう考えると先の複雑な表情も得心いくとリアたちは思ったが、それをほのめかすような発言は、ボルドフはついにしなかった。

「まあいい、いなくなってしまった者のことだ、あまり悪く言うのも気が進まん。リア、お前はアザリアの弟子だ。アザリアを見習えばそれが一番良い」

 煮え切らない形でガラリアンの話が終わったが、ボルドフが語る意志を打ち切った以上、二人もそれ以上聞く訳にもいかない。ゆえにリアは、もう一人の魔術師のことを尋ねることにした。

「ではボルドフ隊長、アルマという方は?」

 リアがそう尋ねると、ボルドフは何か心付いたようにリアの顔をまじまじと見つめた。

「……聞かれて初めて気づいたが、リア、お前はどことなくアルマに似ているな」

「え?」

 ボルドフの言葉が意外だったか、懐かしそうな顔で目を細めているボルドフをリアは心なし目を広げて見返した。

「いや、容姿が、というのではない。魔術師としての高い才能と、反比例した命を貴ぶ優しさ。そうした、人としての心のありようが似ている」

 ――そうか。あいつがリアを目に掛けるのは、そうした理由もあるのかも知れんな。

 ボルドフはアザリアの顔を、現役時代に誰よりも信頼してその背中を預けることのできた女魔術師の顔を浮かべた。優美さと凛々しさ、厳しさと優しさといった多くの美点が同居したアザリアの灰色の瞳が愛弟子・リアを映す時、そこに亡き友の姿を重ねているのかも知れないと思うと、なんとも言えない複雑な思いがボルドフの胸の中から沸いて来る。

「師弟としてアザリアと接しているなら、その実力は肌で感じるな、リア?」

「はい。言葉で言い表すのは難しいですが、とても実力のある方なのは感じられます」

「そんなアザリアよりも才がある、と周囲に言わしめたのがアルマだ」

 その言葉に、リアは元よりアラードも言葉を失ったようだった。

 生存している分、アザリアの実力の高さは見聞きする機会が多い。アザリアは古傷により、すでに実際に呪文を扱うことの出来る身ではないが、それでも他者より尊崇を受けている場を見たり、人々からかつての活躍を伝え聞いたりして、大よその実力は推し量れる。ゆえに畑違いのアラードですら、魔術師アザリアには年配、教官という立場を超えて敬意を示していた。

 そのアザリアよりも才があったというのなら、それはどれほどの魔術師であったのか。二人の興味は俄然強くなったが、

「ん? ああ……その話を始めると長くなるな。また別に機会にしよう」

 と、ガラリアンの話の時同様、また話を打ち切ってしまった。二人は大層残念がったが、ボルドフはやはり他者においそれと話す気にはなれなかった。

 日々が命がけのアルデガンで暮らしていれば、思い出したくない記憶など日ごと年ごとに蓄積されるものであるが、分けてもアルマのことはあまり思いだしたくないボルドフだった。何故ならアルマの死因は魔物ではなく、さる事情によって同胞である人間の手により葬られたからである。

 そのアルマを葬った者の気持ちを思えば、10年経った今でもそれらの関係者のことをみだりに口に出すのは憚られた。自分が口にしていいことではない、とも思う。必要となれば、その者が自らの口でリアに告げるだろう――そんな日が決してこないことを、祈りはするが。

「それよりも、そろそろ俺が戦った中で一番強かった魔物の話をしようか。アラードは、それをこそ聞きたかったのだろう?」

 ボルドフの言葉に、アラードは頷いた。ボルドフのかつての仲間の話が聞けぬなら、魔物の話を早く聞きたくなったのは当然である。

「では話そう。俺が戦った中で、最も凶悪だったと思える『魔物』のことをな」

 あるいは『あれ』も、すでに『魔物』と言えるのかも知れないが――

 それでもボルドフは、そう表現することで最も凶悪だったと思える『存在』の話を逸らした。話すにはあまりに忌まわしく、また先のエルマの話と繋がってしまうために。

 ゆえに話したのは、決して天然自然ではありえぬような戦闘力を備えた敵との戦い。それに対して仲間たちとどう戦ったか、どう勝ったかとう話になっていった。





 ブレード・タイガーを仕留めたボルドフたち一行は、そのまま前進していた。

 そうしてしばらく前進をしていると、先頭を歩くルシードの足が止まる。

 最後尾のボルドフから見れば、ルシードとの距離はかなり離れている。ルシードが先行偵察の役を担っているからだ。それでもルシードが立ち止まったことに気づけないような者は、このパーティ内には存在しない。ルシードが止まったことで、他の者も足を止めた。

 どうした、などと聞くこともしない。声を発して敵に悟られるような愚を犯す者に、この洞窟探索は務まらないのだから。

 それに――そのようなことをしなくても、今日まで生き延びてきた戦士たちである彼らにとって事態は明白であった。

 前方から、全身が痺れるくらいの殺気が放たれている。先のブレード・タイガーなどとは比べ物にならぬ、一都市をも滅ぼし得る剣呑極まりない魔物が、彼らの前に存在しているのだと、いまやパーティの誰もが理解していた。

 そして、その剣呑な相手にすでに気づかれていることも。

 ルシードの得意とする先制攻撃も、もはやできぬ。最後尾にいたボルドフがそれを悟り、パーティの城壁となるべく前に出張る。ローラム、ルシード、そしてボルドフ。アルデガンが誇る3人の戦士が、一丸となってパーティの盾となり剣となってようやく戦えるような存在が前方にいる。

 自然、メンバーの全員が緊張した面持ちとなる。それは自信の強いルシードやガラリアンとて例外ではなかった。

 アルデガンにおける魔物との戦闘史上でも、有数の死闘が幕を開こうとしていた――

1 8

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2011年05月>
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031