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2009年03月09日00:38

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獣人第9話

「月下の獣人」第9話(MF〜MF)

 昼過ぎにスノーフィールドに帰還したスノーレンジャーたちは最寄りの詰め所にリチャードを運び込むと、寺院に治療僧を呼びにやらせた。そこへホワイトクリフがかけつけた。報告を受けた若き警備隊幹部は唸った。

「こんな話が広まればパニックは必定。それだけはなんとしても防がねば! 引き続き街の警戒を怠るな。噂をする者は捕らえて拘留しろ!」

 命じられた部下が出て行くと、ホワイトクリフは五人のスノーレンジャーに潜めた声で告げた。

「実は昨夜、スラムにもワーウルフが現れたんだ。しかもロビンの家に忍び込んでいたんだ」

 ロビンと面識がある若者たちは一様に驚いた。
「なんですって! ロビンは無事なんですか?」
「無事だ。この目で確認した」

 安堵の表情を浮かべたスノーレンジャーたちを前に、はたと膝を打った青年騎士は立ち上がった。

「そういえば、まだロビンから詳しい話を聴いていなかった。今ならノースグリーン邸でセシリア殿の治療に当たっているはず。おまえたちも来るか? なにかわかるかもしれんぞ」

 治療僧を待つリチャードを詰め所に残して、四人の若者たちは若き上司に同行した。しかし……。


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「ロビンがきていない? 連絡もなしに?」

 眉をひそめるホワイトクリフに、ノースグリーン家の執事は告げた。

「お嬢様もずっとお待ちなのですが。なにかお心当たりはございませんでしょうか? ホワイトクリフ卿」

「……そういえば、あの怪物が煙突から飛び出したときに、家の前で別れたきりだ。まさかなにかあったのか? こうしてはおられん。ロビンの家にいくぞ!」


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「こ、これは!」
「ひどいでありますなぁ……」

 半開きのままの扉から中をのぞいたスノーレンジャーたちが煤に埋もれた室内の惨状に絶句するかたわらで、ホワイトクリフは焦燥の色もあらわに周囲を見回していた。
「ここにもいないとなると、よもや怪物に……? おい、なにか手掛かりは残っていないのか!」

「メアリ、魔力感知でなにかわからないか?」
 美貌の「魔女」は口の中で短く呪文を唱えた。

「暖炉の中になにか小さなものの反応がありますわ。拾ってらっしゃいなアンソニー」
「こ、ここへ入るんでありますか?」

 情けない声をあげたアンソニーにメアリはたたみかけた。

「遺留品は諜報員の担当でしょう? それともあなた、まさかこの私にここへ踏み込めと? 最低っ! 男のクズですわ!」
「わかったでありますよ! 入りますとも。入ればいいんでありますなっ」
 いささかやけくそ気味にアンソニーが踏み込んだだけで、たちまち床から煤が黒雲のように舞い上がった。メアリが顔を引きつらせて後じさりした。

「これでありますか?」
 人相が定かでなくなったアンソニーが黒い棒のようなものを差し出したが、メアリはにべもなくいった。
「煤も払わずに渡すつもりですのっ」
 憮然としたアンソニーが一振りしただけで、その物体を覆っていた煤はさらりと表面を滑り落ち、冴え冴えとした白銀の地肌が顕れた。一同から感嘆の声があがった。ようやくメアリがそれを受け取った。

「笛ですわね。なんだか冷たい手触りですこと。危険なものではなさそうですけど……」
「それをワーウルフが持っていたというわけか?」
「ロビンのものとは思えんでありますし」
「結局ロビンに関する手掛かりはなしか……」

 そのとき、向こうの角に見回りの警備隊員が通りかかったのを見つけたホワイトクリフが呼び止めた。
「おい、この家のロビンという子供が行方不明ではないか。警備隊はなにをしている? 状況を把握していないのか!」

 見回りの隊員は怪訝な表情で若き幹部を見つめた。
「この家の少年であれば、わが南第三詰め所に拘留いたしておりますが?」
「拘留だと? 誰がロビンを拘留しろといった!」
「怪物を目撃したものは全員とのご命令でしたので」

 ぽかんと口を開けて目を白黒させるホワイトクリフの背後で、スノーレンジャーたちは安堵と呆れた表情の入り交じった面持ちで、深々とため息をついたのだった。


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「面目ないロビン。このホワイトクリフ、一生の不覚!」
「いいんだよ。それよりみんな。こんなにきれいに掃除してくれてありがとう! どうしようか困ってたんだ」

 ぴかぴかに磨き上げられた部屋でロビンは嬉しそうにいった。自分の過失でロビンを拘留してしまったことを悟ったホワイトクリフの行動は早かった。直ちにロビンを釈放させると号令一下、人員をかき集めてロビンの家を掃除したのだった。むろんスノーレンジャーたちも例外ではありえず、そのうえ誠意の証しとして若き騎士その人も先頭に立って掃除を手伝った。むろん不慣れな作業だけに、どこまで役にたったのか疑問な面もあったが。

 もう日暮れ時だった。ひととおりの手当を受けたリチャードがエリックに伴われて到着したところで、薬師の少年はこの部屋で起きたできごとを語り始めた。そのころ……。


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 ノースグリーン邸の自室でひたすら窓の外を見つめていたセシリアは、夕焼けが闇に溶けこんだときついに目を伏せた。動かすことのできない膝に涙のしずくがこぼれた。

 昨日のことでロビンに見放されたのだと思った。でなければ連絡もなくやってこないはずがない。そうとしか思えなかった。
 命の恩人にさえ見放されたのだと思うと自分と世界の繋がりが切れたような心地がした。この世のどこにも自分の居場所はもうないのだと思うとたまらなく心細かった。静かな絶望というべきものに捕らえられた少女は声を押し殺して泣いていた。

 すると、背後からそれが聞こえてきた。ひそやかな、抑えられた嗚咽が。自分の真後ろから。

 思わず顔を上げたが正面のざらついた窓にはぼんやりした自分の影しか映っていないようだった。後ろを見ようと体を捻っても動かぬ下半身のせいで視線は背後に届かなかった。それでも何かがそこにいた。自分のすぐ後ろに。それでいて決して見ることのできないところに。まるで押さえつけていた思いがそのまま嗚咽と化したような恨みを秘めた声で泣きながら。

 ちり毛立つような恐れをセシリアは感じた。にもかかわらず、その声に魅せられる自分がいた。そして抑圧してきた自分の思いが絶望の中で新たな意味を持ち始めたような、そんな心地がしたのだった。それでいいのだとその声がいっていた。その泣き声の蠱惑的な響きが、心の中のこれまで目をそむけてきた部分に甘く寄り添い、そっとからみつくのを感じた。

 ふと気がつけば、いつしか泣き声はやんでいた。セシリアは魂を奪われたような心地のまま、深まる闇の中に置き去りにされていたのだった。

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