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2019年07月27日02:28

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7/16 ミートパイ


 午前十時の起き抜けには、空中を通っている透明なチューブの中に裁縫みたいに電線を通していたらくまモンの雨具が破れて向こう側に落ちたけど失敗だけが人生だ失敗こそが人生だと歌いながら天地に穴の貫通したダルマを捨てる夢を見た。これすぐメモったからか起き抜けの夢の割によく覚えているけど、天気悪過ぎて割と不快だった。あと、吹雪の中外に出たんだけどあまりにも淋しいので借金取りのフリをして小学校の頃の知り合いに電話したんだけど実在の会社名出しちゃったしそいつのババアが出て本人を呼んできますと本気にされちゃったので本人に出られたらヤバいじゃんと保留音の最中なのに電話を切って危なかったぜと安心したがこっちの電話番号ってあっちに表示されてるよな非通知でかければよかったなどと反省し少し大通りに出てそこからさらに狭い道に入ろうとしたんだけどその道は街灯がなく薄暗くてさらに民家の前に軽トラが停まっていてほぼ通れない状態で危険だったので明るい場所に行かなきゃとキョロキョロしていたらなんかこんな吹雪なのに運動着でハキハキと動く若者の集団に出くわしあれよあれよという間に密着度の高い相撲みたいなスポーツに巻き込まれて遠巻きに見ている老人がわしが若い頃は一年ほどゴールを決められなかったもんじゃと言っていたのですぐさまゴールを決めてやる夢を見た。最後容赦ないな。しかしおれにも淋しくて電話をかけるという感情があったのか。起き抜けには、おれが言わないと目覚めない老人がいる夢を見た。

 なんかイギリスかな、欧州ではあったと思うが紙幣の肖像になったというチューリングには、当時は違法であり逮捕されたとか化学的去勢を受けたとかいう同性愛エピソードがあって、それはすごくかわいそうだなと思うんだけど、今は小児性愛者が同じような扱いを受けているんであって、ポリコレ派閥はそれに対して目を逸らしているので良くないよね。つまり過去のその時点では同性愛が犯罪であることは正しかったが今はモラル的にも正しくない、そのことについて現代の人間が反省しているという構図がある。だとしたら小児性愛もそうなる可能性は充分にある、なぜならそれ自体は犯罪ではなく、単なるモラルの問題だからだ。つまり後年、小児性愛がモラル的に正しいと世界が認める可能性はあるのであって、そうなれば頭を下げるのはあんたらの子孫だぞという話になる。こういう同じ形があるからおれは少なくともすべての同性愛者は小児性愛者を否定してないと思うんだよね。まさかじぶんたちが歴史的に受けてきた傷を現在同じ構図の元で与えるわけがなかろうと考えられるから。だとしたら、同性愛者の味方であるポリコレ派閥もそうあるべきなのだが、今でもなおそういう団体にヒステリー的に毛嫌いされているところを見ると、倫理道徳というのは実に適当で一貫性がないものだと思う。そういう話を考え考えニュースを見ていたらうっすら太陽が出とるわけだ。これは出かけられるかもしれんと思って天気予報サイトを見る。雨雲レーダーの様子を見ると雨が降るような天気でもないかと思うけど、こないだテレビ見てたら、レーダーに雨雲が映らないときは背の低い雲があって観測できてない可能性があるみたいな話してた、ことがふと頭をよぎった。じゃあおれは一体何のためにレーダーを見ているの? 天気予報だけ逃げ道たくさんあってズルくない?? そういやさっきテレビのニュースでオーストリアのチロル地方の騒音と郊外を軽減するために一般道への進入を制限したらその道をよく使うドイツが差別だと騒いだという出来事を報じていたので、「差別」って言葉は本当に強い武器なんだなと改めて感じた。

 なんつーか選挙が近いせいであっちこっちで政治の話になっていて、その中である漫画のキャラクターに作者が政治的な発言をさせてるぞやめてくれ子供が見てるじゃないかみたいなニュースがランキングのトップに位置していた。別に作者が政治的になってもいいけど、政治と作品をからめると時代性を帯びてつまらなくなってしまう。それは極端な話、百年後見ても面白い作品になり得るのかなって話だ、例えば今プロレタリア俳句なんかを読んでもいちいち注釈がなければ分からない、時代を批判していたんだなあぐらいのことは分かるが、どちらかというとどぎつい字余りや乱暴な言葉遣いを外形的に楽しむという感じになってしまう、それはそれで味があるってもんだが、本質的な楽しみではないし作者の意図したところでもなかろう、だから作品が政治的であったり時事的であったりするとつまらなくなると感じてしまう、注釈がたくさんあるのって嫌じゃないですか。そういやおれがほとんど唯一嫌いな俳人(インターネットでケンカしたことあるジジイだから)が安倍晋三を皮肉って心臓っていうワードを俳句に入れましたとかやってたときは、おじいちゃん上手だねえパチパチという気持ちになったもんだったな。そういう政治的態度だけじゃなくて、じぶんの作品に人生哲学みたいなものとか病気したとか怪我したとかそういうのを嵌め込むのも同じ理由で嫌なんだよね、こういう観点から作品と人格を完全に分離したいというスタンスが生まれている。だから堂々と作者と作品を分けろと主張することができるんだ。

 出かけるかと思ったんだけど家の前の道路を見たら草が生えまくってて気分が悪くなったのでちょっと草むしりした。それから出かける準備をして出かけた。今日は街の方向に出かけた、まずガレージに行ったけど健康志向の本が入荷してただけだったので特に何も買わず、マンションでは前回も気になった本があったんだけど薄いなと思ってしまったし、そうこうしているうちにレジで一万円の古書を買ってるひとがいたのでビビって何もできなくなった。一万円だぞ。しかも聞いている限り一冊一万円っぽかった。おれもお金があったらああいう遊び方してえよ。死ぬ気で安い本を漁るのもそれはそれで楽しいけどさあ、やっぱり一万円とかじゃん、面白いのはさあ、買うという行動においてさ。そして一万円の商品が出たあとに百円の本は買えないじゃん。だからビビって店を出てきちゃった。そして帰宅後に、雑誌の予約を完全に忘れていたことに気付く。ヤバい、ヤバいがもうどうすることもできない、仕方がないので電話で雑誌の予約をした、あまり良くない行動だ。おれの脳は相変わらずおかしいなとムカついちゃう次第だが、まあ今日は出かけた瞬間には既に忘れてた気がするので仕方がない。それはそれとして、電話で雑誌を予約したあと受話器やスイッチ類の手垢が気になったのでそれらをメラミンスポンジで殲滅し、そのあとコーヒーを作って、くつろぎ〜という感じだった。

 セフレこと世界ふれあい街歩きはイタリア・ジェノバ。二回目の訪問だ。荘厳な駅前のバス停からスタートして旧市街を目指す、ワンちゃんも出勤じゃねーよ。歩きながらフォカッチャを食う大学生の女がいて、ちょっと下品だなと思ったけど国が違うので普通なのかもしれない。なんか男はいないみたいな話をしていたし。そうしているうちにもう旧市街、サンロレンゾ? 大聖堂の脇道を入る。落書きだらけの入り組んだ路地にフォカッチャを持ってうろつくオッサンがいて、やはり食べ歩きは普通なんだなと実感。壁画や埋まったままの砲弾について説明してくれる。マリア像が盗まれた祠に知らねえ女の写真が貼ってあるのはウケる、デリカシーがないじゃん。そのあとは家具工房へ、十八世紀のジェノバは家具で有名だったらしい。なんかアンティークに魅せられてこの世界に入ったと自慢していたが、横にいた男はついに一言も喋らなかったので怖い。そしてその流れを引き継ぐようにガリバルディ通りへ、道の両側の建築物って全部宮殿なのかな。宮殿には市役所の観光課があり、そこの女に侯爵を紹介してもらい、宮殿内部へ、宮殿だからそりゃ豪華だ、セフレスタッフは金持ちの家が好きだもんね〜。こんなでけえ宮殿に三人で住んでんのか、贅沢の極みだな。ひとり息子はいずれ結婚する女はどんなのがいいかと聞かれて「宮殿目当ての女性はちょっと……」と言っていたのが良かった。歴史コーナーでは港の話から海洋貿易の話へ。おいおい歴史コーナーでも宮殿を見せんのかよ、困っちゃうね、あと電車みたいに横に動くエレベーターの紹介がある。ここで坂道を飛び降りる若者たちが出てくる、またパルクールかよ、ちょっと前もあったろうが、なぜ同じものを撮影する。そしてパルクールを「飛んだり跳ねたり」って言うなババア!! ちょっと開けたところに出て、ジェノバを軽く一望してからアパートの橋を見に行く、公道とアパートの間にある橋で、アパートの上層階に直接入れるような仕組みになっている。ジェノバは斜面がきついのでこのようにアパートの上下に出入り口があるとのこと。しかしその後向かった歩道のカーブみてえなところからニュッと車が飛び出してきて危ない、これが普通なのか? 寄り道コーナーはジェノバのスタリェーノ地区。美術館じゃなくて墓っぽいなとか言ってたら墓だった、それからスタリェーノ墓地という名前が出てきたが、さすがにバレるだろこんなの。彫刻みたいな墓は、まあ当たり前だが金持ちのものとのこと。で街歩きに戻ると、階段の途中からまたジェノバを一望するシーン。そこらは高台になっているのだが、その斜面の畑に苗を持ってくるひとがいる。このひとはカズによろしくと言っている、なぜならカズがジェノバでプレイしていたので。毎日違う景色が楽しめると言っているがだいたいの景色は微視的には同じじゃないだろ。映画みたいとか自慢しているのもよく分からなかった。で高台から降りていくときにやたらと狭い道および階段に出る、この細い階段を郵便配達する女がいて、孫からの手紙を待っている老人が云々と感動的な話をするが、だいたいセフレって車も通れないような狭い道に出ると何らかの配達をしているひとを出してくるよね。グルメコーナーではひよこ豆の料理が出てくる。しかしジェノバって言うのは午後八時半でも相当明るいな、その次のシーンでは暗くなっていたけどそれは何時のことだったんだ。身なりのいい老夫婦が夜の広場にいて、ジェノバはどこで暮らしてもジェノバとか言っている。そしてワイン飲み比べの女たちが、首からワイングラスを下げているシーンで終わり。以上です。うーん、最初のあたりに少しだけ面白いひとがいたな。
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