平成30年12月、愛媛県の廃村探索、
旅2日目、起床は早朝5時30分頃。天気は曇時々晴。
伊予西条駅そばのコンビニで荒獅子さんと待ち合わせて、
軽トラで最初の目標、新居浜市 中之成(なかのなる)を目指す。
手前の集落 川口から山に向かう道には「通行止」の看板が立っていたが、
コーンの様子から「先に進んでも問題はない」と判断した。
中之成への道は荒れ気味ではあるが舗装道で、
荒獅子さんと話をしながら走っていると、高度を上げながらどんどん進むことになった。やがて、走るのが難しいほど道が荒れて、その先は崩落していた。
スマホで地図情報を確認すると、中之成よりも1�劼曚廟茲某覆鵑任い拭�
中之成の3�劼曚廟茲了鈎罎砲蓮△�つて愛媛鉱山という鉱山・鉱山町があり、
『新居浜市史』(1962)を調べると、昭和23年から28年まで大生院小学校愛媛鉱山分校が開校していたことがわかった。
手前の「コガノキ 右入る800m」の標柱は上之成(廃村)に向かう道の入口を示すものなのだろう。
崩落箇所で折り返して着いた中之成に向かう道の入口には
「エノキ 左入る100m」という標柱が立っていた。
画像1 山(中之成)に向かう道・「通行止」の看板
画像2 中之成入口・「エノキ 左入る100m」の標柱
(2018年12月16日(日)午前7時〜8時頃)
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