平成30年11月中旬、山形県の廃村探索、
3日目の大石田町 農山村の廃村 小平(こだいら)には
平成20年7月以来、10年ぶりに訪ねた。
再訪の廃村では、その変化に驚かされることがある。
十八坂と呼ばれる手前の大石田鉱山(珪砂の鉱山)から小平へ向かう道、
10年前は歩道だったが拡幅されて、クルマでも通れる幅になっていた。
そのことを知らなかった私は、鉱山の分岐から2�卻發い童�かった。
しかし、峠を越えてしばらく道を下ると、クルマは通れない法面崩落があった。
歩いてだと、問題なく通行することができた。
一軒残った家屋は建ってはいたが、10年の間にずいぶん傷みが進んでいた。
10年前は草藪に阻まれて行けなかった分校跡、神社跡方面だが、
今回はすっきりとした道を歩いてたどり着くことができた。
道の左側に建つ標柱を確認すると、「小平部落跡地」と刻まれていた。
次年子小学校小平分校は、へき地等級3級、児童数15名(S.34)、
明治36年開校、昭和47年閉校。
二万五千図(海谷、S.46)の文マークと、大石田町立図書館の方とのやり取りから、
標柱は分校跡に建てられていることがわかった。
画像1:小平に一軒残る家屋(その1)
周囲の草が刈られていることから、
「家屋は活用されているのではないか」と思った。
(2008年 7月20日(日)午後3時20分頃)
画像2:小平に一軒残る家屋(その2)
周囲の草は刈られておらず、
「家屋は活用されなくなったのだろう」と思った。
(2018年11月12日(月)午前9時15分頃)
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