平成30年6月中旬、北海道・後志の廃村探索、
2番目の目標 古平町稲倉石(いなくらいし)は、古平市街から12�劼旅杙慨愀犬稜儿伺兮爾如⊂赦�59年、鉱山の閉山とともに離村。
古平局 郵便区全図(S.29.6)には149戸とある。
稲倉石鉱山の主要鉱物はマンガンで、昭和10年代から20年代にかけては、日本一の生産量を誇ったという。
稲倉石小学校は、へき地等級2級、児童数198名(S.34)、昭和10年開校、昭和52年閉校。
五万地形図(茅沼、S.44)には、古平川と稲倉石川の合流点そばに文マークが記されている。
学校跡には採石場の施設があったが、稼働しているかどうかは微妙だった。
地形図には稲倉石川沿いに鉱山町が記されており、道を歩いてみたところ、何かしらの鉱業関係の施設が見当たった。
草の茂みが薄い時期だったら、もう少し多くのものが見つかったかもしれない。
画像1: 稲倉石・学校跡は採石場の施設になっていた
画像2: 草に埋もれた鉱業関係の施設(草を刈った後)
(2018年6月 9日(土)午前9時30分〜10時20分頃)
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