平成29年11月3日(金祝)、富山県の廃村探索の旅、
合掌造り集落 相倉(あいのくら)からは、R.304 梨谷トンネル(昭和48年開通)を抜けて
5kmほどの廃村 梨谷(なしだに)を目指した(平成23年以来の再訪)。
旧五箇山街道は、相倉から鹿熊峠を越えて梨谷を通り、
さらに朴峠、人喰谷を経て若杉、城端(富山平野)へと続いていた。
また、五箇山トンネル(昭和59年開通)ができる前は、
R.304は梨谷を通り、細尾峠を経て城端へと続いていた。
かつての交通の要衝 梨谷から常住の方がいなくなったのは平成17年頃と思われる。
梨谷にたいらスキー場が開業したのは昭和60年のこと。
長く平村営だったが、南砺市になってからは民間の指定管理者が運営している。
スキー宿の一角にクルマを停めて、場内にポツリと残る森をよく見ると鳥居があって、
そこに神社(白山社)があることがわかった。
下梨小学校梨谷分校は、へき地等級3級、児童数24名(S.34)、
明治15年開校、昭和47年休校、昭和48年閉校。
五万地形図(下梨、S.43)には卍マークのそばに文マークがあるので、
念仏道場のそばを注意深く歩くと、草生した平地に旗ポールを見つけた。
神社と学校跡は,再訪で発見することができた。
画像1 梨谷・スキー場の中に神社と鎮守の森が残る
画像2 家屋はあるが人の気配はない梨谷集落
画像3 旗ポールから梨谷分校跡が特定できた
(平成29年11月3日(金祝) 12時30分〜午後1時頃)
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