平成29年7月30日(日)、新潟県の廃村探索、
入場に続いては、板山不動尊近くの角間(かくま)に向かった。
R.253から県道(13号上越安塚柏崎線)に入り、板山不動尊を過ぎて県道から分かれて
角間へ続く枝道入口には「農免農道角間線」という案内板が立っていた。
入口から2�劼曚匹覇韻鹸波弔�見当たり、角間集落跡に到着した。
旭小学校角間冬季分校は、へき地等級2級、児童数13名(S.34)、明治39年開校、昭和48年閉校。
「地理院地図」Webの地形図に鳥居マークが記された場所を集落の中心と判断し、
そばにクルマを停めて神社を目指したが、通じる道を見つけることはできなかった。
クルマを停めた場所は舗装された農道の途中で、近くに耕作された水田が見られたが、
建物は見当たらず、人の気配もなかった。
「大島村史」によると、昭和35年の角間は26戸134人だったが、同50年には7戸18人に急減した。
大平局郵便区全図(S.58.9)では神社のそばに4戸ある。
住宅地図から推定した閉村時期は平成5年頃なのだが、家々は取り壊されたのだろうか。
画像1:角間・集落跡に建つ「農免農道角間線」の案内板
画像2:角間でも耕された水田があった
画像3:水田のそばには、橙色のユリ(オニユリ)の花が咲いていた
(平成29年7月30日(日)午後3時30分頃)
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