平成29年5月27日(土)、北海道日高の廃村探索1日目、
4つ目の目的地 女名春別(めなしゅんべつ)は、海沿いの浦河町幌別からだと
26�劼曚瓢海貌�った場所にある戦後開拓集落だが、
国道236号線(天馬街道、広尾−日高幌別間、平成9年開通)が近くの
上杵臼(かみきねうす)を走っているため、風通しはよい。
女名春別小学校は、へき地等級5級、児童数21名(S.34)、
昭和27年開校、昭和41年閉校。
新富からだと峰越えの舗装道で上杵臼に抜けることができ、
牧草地に隣り合う比較的穏やかなダートを6�劼曚描�ることで
学校跡へ到達することができた。
学校跡には平成初頃まで「楽古山荘」として使われた教員住宅があって、
そのそばには裏面に「浦河町制施行百周年記念 平成28年3月建立」と刻まれた
学校跡地の碑が立っていた。
北海道の集落は、家々が広範囲に散在することがが多く、
市街地を形成していない規模の場合、あまり「集落」という感じがしない。
女名春別でもダート沿いに壊れた家屋やサイロが見られたが、
「ここはおそらく女名春別の範囲だろう」と思うのが関の山だ。
北海道在住の方々が、定点である学校跡を追いかけている理由に、
このことが係わっている感じがした。
上杵臼の小学校跡(昭和50年閉校)、廃墟のような北大地震観測所に立ち寄ってから、
2台のクルマは宿へと向かった。
この日の宿、日高三石駅前「三石旅館」のすぐそばには海が広がっている。
宿の隣にはセイコマがあって、「モノを取ってくる」感覚で使うことができた。
画像1 女名春別・今も使われているらしい往時の教員住宅
画像2 真新しい小中学校跡地の碑
画像3 女名春別地内の牧草地とダート
(2017年5月27日(土)午後4時30分頃)
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