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2016年09月13日01:45

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8/30 kugnfmuiu


 移動中におれが普段載っているものと同じ二十から二十六番の型番のピンクの自転車でババアが乗っているものを発見し構造もよく分かっているからすぐに壊れていると分かり教えてやるもおれはおれでじぶんの自転車と取りに行かなきゃならないし一旦通り過ぎたのだがえらく感謝されたしおれも老人になったらこんなわざとらしい人間になるのかと不安になる夢を見た。いるよね老人でなんか必要以上のその上ぐらいの感謝の仕方してくるひと、感謝ぐらいいくらしても大丈夫だろみたいな無意識があって悪意はないんだろうけどちょっとキモいな〜と思うことがある。午前八時の起き抜けの夢は、三百六十年前のチベットもアニメ化できるんだぞとたしなめる内容だった。マジかよ。あと、ラーメン食ってるときにウトウトして、明日はちゃんと新潟に雨が降れよなって思う夢を見た。なんで新潟の心配してるんだろう、行ったこともないのに。

 なんか求人読んでたらアニメキャラっぽいのが介護募集みたいな雑な感じの求人を見た、介護職に就く前にアニメキャラにもしてもらえるなんて最高じゃん。アホか。前から言ってるけどなんで仕事の紹介するはずの写真で笑顔とか絵とか使って、仕事中の写真を載せないんだろうな。そういう嘘をやっといて従業員には真実や誠意を求めるのって恥ずかしくないのかな。そういう間にもインターネットでニュースを渡り歩いていると、そのニュースとは直接関係のない、この記事を読んでいるひとはこんな記事も系列のリンクから辿ったところに置いてあったテレビの企画の俳人の名前が本当に聞いたことないやつだったのでビビってしまった。念のためウィキペディアで検索したけど大した量の句集を出していなかった。こんな実績でもテレビでプロ中のプロみたいな扱い受けて、芸能人の作った俳句に甲乙をつけられるんだな。まあこういう言い方するとテレビ見てるひとは誰のことだか分かるんだろうけど。で天気はというと雨の帯は去ったはずなんだがT字型に雨雲が残っててひたすら雨を降らしてくる感じなので不快だ。しかししばらく待機していると今度は謎の太陽が出て来たため、出かけることに決める。

 でひいひいと自転車をこいで街の方へ。ブックオフとガレージを攻めたんだけど結局何も買わなかった。前々から買おうかどうか悩んでいるものは巨大すぎて置き場所がないし、普通の本は普通の本だし、うーむという感じ。それよか、おれが家に入る直前突然通り雨がやって来て濡れたことについて気象庁や天気のヤローはどう思っているんだ? そのあと申し訳〜みたいな感じで虹がかかってきたけど、あんなものでおれの衣服が乾くとでも?? 久しぶりに、普通に天気に対する殺意が沸いた。沸くな、お湯か。近所の本屋にガンガンを買いに行ってた頃は月に何度も天気に殺すぞって思ってたものだけどものね。こういう天気なので、夜のニュースで室蘭のモニュメントはいつもより早く回転しています!! って言われてたけど笑ってしまった、いつもの回転速度がわからないから怖さが伝わってこない。

 セフレこと世界ふれあい街歩きは、ロシアのモスクワ。ロシアようやく二回目です。クレムリンの前からスタートなんだけど銃殺を思い出すよね。いろんな場所が工事中で若干見どころに欠けるが、古本市だけど野外コンサート? とか言ってて何が何だかよくわからなかったけど工事の様子は爽やかだった。その音に紛れて銃殺だ。なんかラッキースポットみたいなところで英語のシャツを着たベルゴロドのロシア人がコインを投げてて、浮浪者がそのコインを拾っていた、もうラッキーじゃないな……。クレムリンの前ではプーチンの雑なマトリョーシカが売られていた、不敬だ。プーチンの首から下の描写が異様に雑で(サンクトペテルブルクのものはもうちょっとマシだった気がする)、開けていくうちにプーチンが若返っていくシステムだったけど、正直首から下の雑さのせいでよく飲み込めなかった。あと意味不明だがチェ・ゲバラのマトリョーシカもあった。なんでロシアで売るのか。その後、蹴ると資本主義の豚になれるマルクスの像を通り過ぎて、地下道へ。モスクワの地下道でダイドーの自販機が日本語喋っててめちゃくちゃ笑ってしまった。ロシア人も日本語を馬鹿にしとるやんけ。でボリショイ劇場前から裏手へ回ると、劇の内容に興味のないゴツいロシア人がたむろしている。これは殺意をひしひしと感じる。歩行者天国の大通りでは大小それぞれのバラライカ弾いてる男たちがいた、ヒゲが共産主義しててかっこいい。しかも去り際には「キヲツケテ!!」と言ってくる、どこでそんな適切な日本語を覚えてきたんだ。ここで歴史コーナー、ロシアの建物の城壁はイタリア人に作ってもらったみたいなことが紹介される。そのあとまた大通り、逆さのバケツみたいな飾りの意味は何だったんだ、教えろや。その中の中庭とも言い難い、吹き溜まりというか通路がぶつかった結果空いた狭い陰鬱な空間に大量の車と背の高い集合住宅が犇めき合っていて、ああ、ロシアだなって感じた。男性専用理容室も概念的にはそうだな。平和でホント良かったよ。ガキとかがいた。で次はチェーホフの像だ、なんでかっていうとここはチャイコフスキー記念モスクワ音楽院なんだと。ロストロポーヴィチは無学なので知らないけどそんなひとがいるらしいですね。それに関連しているらしい。とにかくおれが好きな「悲愴」を聞かせてほしかったのだが叶わなかった。音楽院の内部は活気ゼロというか無骨なんだよな、この辺もなんかロシアっぽい。ロシア人のオススメフードコーナーではアイスクリームを紹介、フード……。とにかく土地余ってるから道広いな〜と思っていたけど、これは特別な道だから広いという、でも昔の日本の広い道ってこんな感じだったのかなと思うと少し面白い。そこを通りかかったロシアの卒業生の団体、そのひとりが「タヌキサン!!」と言ってきてビビった、なんなんだその局地的な日本語知識は。ここでちょっと離れた公園? の近く、フワフワと舞っている白いものは綿毛らしい、ポプラの綿毛が初夏に飛ぶ。その周辺では暖房用の巨大温水パイプが街の景観を堂々と破壊していて豪快だった。最近のモスクワはあったかいよね〜とか言ってたけど、スプートニク聞いてる限りはそんなこともなかったはずだ。寄り道コーナーはマトリョーシカの街、セルギエフ・ポサードに行く。割と洋風な街でちょっとびっくりしたけど観光地ということでロシアの無骨さを排除したんだろうか。ナレーションは「あっ、あのひとマトリョーシカっぽい!」って言ってて、失礼だと思った、褒め言葉のつもりなのかなあ。マトリョーシカ博物館ではマトリョーシカ作家がメモをしていた、マトリョーシカは17世紀に作られ始めたらしい、割と最近やな。マトリョーシカ作家の家は、完全に無骨な集合住宅だし外じゃなくて中の通路にグラフィティ的な落書きがあるし治安の悪さが一瞬にして分かるが、内装は違和感覚えるぐらいきれいだった。日本のこけしもマトリョーシカに関係あるかも、という言説終わった、モスクワに戻って夜のボリショイ劇場へ。夜のクレムリンからは硝煙の香りがしそうだが、冒頭の雑なマトリョーシカの屋台が営業終了で、そのでかいトランクのような店構えをゆっくり閉じて運んで行って、終わりという形だった。やはりロシアには西ヨーロッパとは違う独特の雰囲気がある。モスクワじゃなければもっと面白いものが見れたんだろう。
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