平成27年7月13日(月)、岡山県の廃校廃村への旅、
目標の柳平(やなびら)では、およそ1時間探索した。
湖畔に建っている碑は、離村記念碑のような感じなのだが、
達筆すぎて、何を書いているのか、少々わかりづらい。
裏面を見ると、読みやすい字でしっかりした記述があった。
>昭和四十三年新成羽川ダムの建設の議起
>るや部落民は其の時代の流れに従い幾百
>年幾世代を経にし祖先墳墓の地を後に
>して各地に離散のやむなきに至ったのである
>思えば柳平部落は部落を挙げて一大
>家族の如く古い傳統を持ち分教場は其の
>文化の中心として理想郷を建設して居たのである
>今萬感の思をこめてここに記念の歌碑を
>建て郷里柳平の名を永遠に偲び伝えん
>とするものである
>
>昭和五十三年十一月吉日建立
>村上儀平治 貞子
やはり、昭和43年(1968年)にダム建設が始まり、
「故郷はダム湖に沈んだ」というのが一般的な認識と見てよさそうだ
「高台の家が一二軒残った」状態を廃村と見てよいかどうかは、
少々時間をおいて考えたい。
画像1: 柳平・離村記念碑(表面)
>ダム沿いに 野菊が咲いて 秋ふかし
>柳平部落 ここにしずむ
でよいだろうか?
画像2: 柳平・離村記念碑(裏面)
立派な離村記念碑である。
個人が建てたものだとしたら、私が知る限り
五指に入る立派さだ。
(2015年7月13日(月)午後1時40分頃)
ログインしてコメントを確認・投稿する