平成27年5月10日(日)、
新潟県・中越の廃校廃村への旅
十日町市軽沢を訪ねたのは、9年ぶり2回目です。
前回訪ねたときは、秋の夕暮れ近い時間でした。
往時の匂いが薄い集落跡で、
古い地形図の文マークを頼りに分校跡を探すと、
草むらの中、それらしき空間があって
探り当てたことの喜びを感じたものでした。
今回は雪融けの頃、背の高い草は生えておらず、
分校跡は難なく見つかりました。
大池小学校軽沢分校はへき地等級2級、児童数21名(S.34)、
明治40(1907)年開校、昭和48(1973)年閉校。
往時の校区は、軽沢(標高460m)と美女木(標高430m)
の2集落でした。
画像1 秋の軽沢分校跡地
右の木の手前に、くず物が捨てられています。
画像2 秋の軽沢分校跡地(グランド)
「グランド内で物を燃やさないで下さい」という
掲示板の背後に、校舎に向かっていたと思われる
コンクリートの階段が見えます。
(2006年10月13日(金)午後4時頃)
画像3 春の軽沢分校跡地
門柱があったかどうかはわかりませんが、
二本の木々の間が分校の入口だったのは違いなさそうです。
くず物、掲示板は片づけられており、
コンクリートの階段も見られませんでした。
(2015年5月10日(日)午後3時30分頃)
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