書道の先生の作品を褒めてクオカードをもらう夢を見た。おれは欲望の塊かよ。だいたいクオカード使ったこともないのに夢に出てくる理由もよくわかんないな、使い方がわからないから金銭的な欲求としておれの中に浮上してこないはずなんだが。あとなんか古書店で店主が整頓してるのにおれが割り込んで昨日はたしかにそこにあったはずの青い箱の古本を必死こいて探す夢を見た。これは間違いなく欲求だな、物理的な欲求だ。こういうのだとわかりやすい。あと古書店の夫婦みたいなのが営業中に店頭をごちゃごちゃとかき回してる様子はよく見るから夢に見たんだろう、それ自体は別にいいんだけど、それで後で見ようと思って飛ばした後見るのを忘れて帰っちゃったりするから家に帰ってからアーッと言うことがよくある。
昨夜の腹痛をいなすためにわざと目覚ましを切って寝てた、と書いていて気付いた、そういや昨日は腹痛でどうこうみたいな話かくの忘れてたな。まあ腹痛だったんだよ、嫌な感じの、ちょうど中注力の縁を削るようなやつだったんで、普通に寝る時間まで我慢してゲームなどをして、というのは生活のリズムを変えたくなかったからなんだね、それで寝るときになって、起きてまた腹が痛かったら嫌だから目覚ましを切ったというわけだ、それで寝坊だ、仕方がないね、これは当然のことだ。寝坊したので先に昼ごはんを食べて、その後盗んだコーヒーと牛乳を混ぜ、一旦牛乳瓶を出すために外出たら晴れてて、部屋に戻ったら曇り、カーテンをしばってたらあられが降ってきて、それをメモに書こうと思ったら止んで、書き終わったらまた晴れてるといった様子、これは確かに冬の天気と呼ぶほかない。こういう天気になったらもう出かけるのもうんざりしちゃうんだけど、最近出かけられてないのでさすがにおやつを買いに出かけるぐらいのことはするかなと考えつつインターネットのニュースを読んでいた。
長野のレタス農家で働いてた中国人が労働奴隷だみたいな話を読んで労働って大変だなーとか考えてた、もう働くとしてもこれぐらいの職場しか残ってないんだろうなという絶望感というか。そういう暗い気持ちはとっくの昔に捨てたのでどうでもいいんだ、しかしレタス奴隷の労働時間はだいたい平安時代の農民と一緒だったから、一気に千年ぐらい戻ったなーと感心した。大体軽トラに積んであるフタの閉まらないレタスの箱の上に中国人を仰向けに寝そべらせて人間のフタにしてるとか一ミリも人権ないしダイナミックすぎるやろ、人間はここまでゲスくなれるのかよ、人間のしかも外国人それも研修目的で来ているような尊い方に自らの肉でフタさせたレタスを高価で売ってて儲けてるとか親玉以外誰も得しないし、まあ普通の値段の普通のレタスを食ったほうがマシですし、こういう金持ちを叩いて、ぼくが不思議な年金を受け取れるとすごくハッピーだと思いますね。
それで歩いておやつを買いに行くの、悪天候の中歩くこと自体が面倒ということもあるんだけど、それ以上に学生の帰宅時間にかち合うことが面倒だし、どうしようかなと悩んでいたら、車に積もって道に積もらない程度の雪が積もってきてしまった。これは大変だとさして大変な顔もせずにゆうメールで届いた本を改めて、旧版のカバーが真っ赤だったので一瞬違う本が届いたのかとビビってるうちに、道路にも雪が積もってしかも尋常じゃなく積もってしまって最高にハッピーな状態になった。ここまで来るともう積もろうが何しようがどうだっていいので堂々と出かけることにした。結果、往復で五十分。自転車なら片道五分もかからないかもしれない道のりが往復で五十分、雪に足を取られるわ融雪装置が開放されてて水浸しの道路のその水を車が巻き上げておれの服をビショビショにするわ、本当にひどい道のりだった。店では最後の在庫のシガーフライを買ってきた、去年は年越し直後辺りまであったのにな、量が少なかったのか、それともシガーフライのうまさにみんなが気付いたのか。本当におれが買って残り一袋になっていたので、運が良かったといえばそうなのかもしれないが、運がもっと良ければ選ぶ楽しみもあったわけだし、悪い運の底辺に踏み台があったぐらいの運の良さだな。今日はこれをおつまみに雪見酒だ。
ログインしてコメントを確認・投稿する