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2026年09月27日02:13

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大島渚は“方法だけを論ずる者は退廃する”と言ったけれど、ゴダールは“方法は思想だ”とも言った。マイケル・リッチー監督「候補者ビル・マッケイ」(1972)。

マイケル・リッチー監督というと、「がんばれ!ベアーズ」(1976)を思い浮かべる方が多いと思います。そして「ワイルドキャッツ」や「ゴールデン・チャイルド」というヒット作もあります。しかし今振り返って考えるなら、やはり1969年にロバート・レッドフォードがリッチーを監督に起用した「白銀のレーサー」と、1972年の本作に着目したい。

「白銀のレーサー」でリッチーは、クロード・ルルーシュ監督の「白い恋人たち」の撮影クルーを起用して滑降シーンを撮影しました。オリンピックの滑降競技を、練習シーンだとは言え撮影クルーが選手と一緒に滑って撮影した映像は、そのアクチュアリティという面から“画期的”でした。それを劇映画で再現した。

そのリッチーが、再びロバート・レッドフォードに請われて「候補者ビル・マッケイ」を作ったわけです。カリフォルニア州の元知事ジョン・マッケイ(メルヴィン・ダグラス)の息子ビル(ロバート・レッドフォード)が、現職の上院議員ジャーモン(ドン・ポーター、写真2)に挑むという展開です。

「白銀のレーサー」でリッチーは、“自分の見てくれを良くするために照明やカメラアングルにこだわる俳優を起用しなくて済んだのは幸運だった”と語っています。だから当時流行したシネモービル方式を多用し、時には16ミリからのブローアップ映像を多用していて、まさにニュースリールというタッチを醸し出していました。

後に監督としても成功するロバート・レッドフォードですが、この「候補者ビル・マッケイ」の映像や作品のルックについては、もっと評価されていいと僕は思う。とくに、選挙戦のさなかにナタリー・ウッドと出会うシーン(写真3)の雰囲気が、まさにアメリカン・ニューシネマだと感じさせてくれるのでした。

てなわけで、大島渚が言った“方法だけを論ずる者は退廃する”という真実はもちろんですが、方法論が映画そのものの本質を決定するというのも事実です。撮影のビクター・J・ケンパーという人は、「新・刑事コジャック/虚栄の絆」(1987)でエミー賞を取っているけれど、アカデミー賞は1998年の“生涯功労賞”だけですか。もっと評価されていいな。

ロバート・レッドフォードはサンダンス映画祭を主宰するなど、映画のルックをずいぶん意識した人だと思います。「逃亡地帯」で主役級になると、リッチーとの2作品だけにとどまらず、「さらば愛しきアウトロー」(2018)に至るまで、意欲的な映画作りを続けました。ドキュメンタリーに多数出演しているのも偉い(基本ノーギャラですし)。

レッドフォードは89歳で亡くなりましたが、マイケル・リッチーは2001年に62歳で亡くなってるんですね。これは早すぎる。死因は前立腺癌からの合併症だって? 現在、前立腺肥大を治療中の僕には、なかなかのインパクトですな。知らんけど。
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