令和元年5月中旬、山形県の廃村に行ってきました。
訪ねた廃村は、大石田町の炭鉱集落 三和(さんわ)、
東根市の戦後開拓集落 沼沢沼(ぬまざわぬま)
の計2か所(初訪2か所)、
メンバーは、三和が地域の方々と私の6名、沼沢沼が単独です。
ともに所在がはっきりしない廃村で、
沼沢沼の分校が郵便区全図に載っていたときは
「ついにわかった!」と思ったものでした。
三和に至っては、地形図、郵便区全図ともに集落名すら記されておらず、
大石田町立図書館に問い合わせて、昨年11月、大石田町に赴くことによって
場所の確定ができたという経緯があります。
しかし、地域の方と出会って話をすることは重みがあるもので、
おかげで6名で山に入り、沢を下って上っての悪戦苦闘を経て、
何とか三和炭鉱集落跡に足跡を残ることができました。
この季節(山菜採りの頃)、地域の方々の力添えがあったから実現できたことで、
おそらく単独では無理だったのではないかと思います。
沼沢沼のほうは、「場所さえ確定できれば大丈夫」と単独で出かけましたが、
レンタサイクル+徒歩の行程は、歯ごたえがありました。
やはり、春は廃村探索のハイシーズン、
枯れたヨシ原もこの季節の雪国ならではです。
採った山菜は、宿泊地(東根温泉)の食堂、スナックでさばいていただき、
美味しく食することができました。
画像1:炭鉱集落跡があったと思われる場所
集落は、沢の左岸にあった。
ある程度平たい場所は他に見られず、そこは枯れたヨシ原となっていて、
近くの尾根には大きな一本のマツが見られた。
(2019年5月11日(土)午前11時50分〜12時55分頃)
画像2:沼沢沼・分校跡から見渡した湖
湖の西端から北側へ500mほど進んだ分校跡は、枯れたヨシ原となったおり、
その先の道は荒れて、やがて進めなくなった。
分校跡からは、湖が見渡せるほどの視界があった。
(2019年5月12日(日)午前9時5分〜9時15分頃)
ログインしてコメントを確認・投稿する