平成30年8月上旬、富山県の廃村探索1日目、
東俣峠を越えると林道はやや荒れてきて、井ノ谷の洗い越しなどおっかなびっくりだったが、
県道の三差路までは2�劼曚匹任△蝓△罎辰�り走ることで何とかした。
舗装された県道をゆっくり走ると、道の右手に家屋が見えてきて、午後2時5分、ようやく水無に到着した。
残念ながら水無でも、クルマを降りた途端オロロの襲撃を受けた。
それでもクルマを離れたらつきまとうことはなかった。
家屋は整っていて花壇まであったが、人の気配はなかった。
そばの平地には「水無 おもや 先祖この地に眠る」という石碑が建っていた。
『村の記憶』(山村調査グループ著、桂書房刊、1995)によると、
平成7年頃には夏季(5月〜10月)には移転先の高岡市から戻られて暮らされる老夫婦(Yさん、屋号おもや)がいたという。
画像1: 水無・深い山中に整った家屋が残る
画像2: 家屋跡の平地に「水無 おもや」と刻まれた石碑が建っていた
(2018年 8月5日(日)午後1時40分〜午後2時10分頃)
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