平成29年5月14日(日)、岩手県西和賀町の廃村探索、
鷲合森、卯根倉(未達)に続いては、川尻(町役場所在地)から比較的近い
大水上(おおみずかみ)へと出かけた。
大水上は、赤石鉱山(日本鉱業、昭和47年閉山)に係わる鉱山集落であると同時に、農山村としての顔ももつ。
探索は、大水上、その上手の長松(ながまつ)、赤石鉱山跡の順で回る予定で、
「地理院地図」Webの地形図にも記されている稜線上の赤石鉱山の神社を合同探索の締めにしようと考えた。
大水上到着は午後2時20分頃。晴れ間が覗く集落跡には農作業をする地域の方の姿が見られる。
湯本小学校赤石分校は、へき地等級1級、児童数9名(S.34)、昭和10年開校、昭和47年閉校。
クルマを停めた場所のすぐそばに年配の男性(Mさん)の姿があったので、
今度は私が「旅の者ですが、大水上の分校跡はどちらでしょうか」と尋ねた。
Mさんは「300mほど先にあるが、わかりにくいので案内しましょう」というありがたい返事をいただいた。
Mさんからは「大水上の5戸、長松の5戸は、昭和47年に川下の湯ノ沢に集団移転した」、
「往時は赤石鉱山の鉱員住宅があって、川の向こうに建っていた」、
「サイロや木造の小屋は往時からのもの」、
「神社は長松と共同だったが、今は湯之沢へ移転した」
など、いろいろな話をうかがうことができた。
曇空や雨空が続く中,大水上は青空の下,訪ねることができてよかった。
画像1 大水上・何も残っていない赤石分校跡
画像2 集落跡では小さなサイロが見られた
画像3 集落跡には往時からの木造作業小屋が残る
(2017年5月14日(日)午後3時頃)
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