平成28年5月29日(日)、道東・釧路の廃校廃村めぐり、
漁業集落 末広(まびろ)を後にして、クルマ2台は合同探索最後の目的地
浜中町三番沢(さんばんさわ)を目指した。
海岸に近い散布(ちりっぷ)から湿原の縁をたどるような道を北上すると、
「林道3番沢線」という看板がある枝道が見当たった。
しかしこれはフェイントで、入って1�劼曚匹埜蹐蠅傍い�ついた。
K・Tさんが前に内陸のほうから訪ねたとき、
林道の入口には「四番沢・五番沢林道」という看板が立っていたという。
そのうちに現在地を把握することができ、
3番沢線入口から北約1�劼砲△觧鞍崑瑤妨�かう林道入口を見つけることができた。
しかし、「四番沢・五番沢林道」という看板は見当たらなかった。
林道入口から約1�區覆爐函�右手に一本のマツの木が見えてきた。
これが小学校跡の目印で、田中さん、K・Tさんはクルマを停めた。
三番沢小学校はへき地等級4級,児童数28名(S.35),
明治35年開校,昭和47年閉校,最終年度(S.46)の児童数は6名だった。
学校跡は草地になっており、傾いて立つ標柱が痕跡といるかもしれない。
学校跡の裏手の神社跡は、錆びた屋根が残るため、すぐに見つけることができた。
K・Tさんは、「6年前に訪ねたときと比べると、ずいぶん傷んだ」と言われていた。
集落跡の道を歩いていると、おそらく三番沢に最後まで残っていた家屋が
屋根だけとなって残っていた。
家屋跡の手前に張られた鎖は、家屋が建っていた頃からそのままなのであろう。
周囲は原野と湿原が広がるのみ。
耕地の跡に木が生え始める三番沢には、廃村らしい空気に包まれていた。
画像1 : 三番沢小学校跡
目印のようにマツの木が立っている。
画像左手の草地が学校跡で、その奥に神社跡がある。
画像2 : 三番沢神社跡
大破した小さな社殿が見つかった。
少しずつ傷んで大破したのであろう。
画像3 : おそらく三番沢に最後まで残っていた家屋
住宅地図から推計した三番沢の離村時期は平成5年頃、
屋根だけ残る家屋跡の手前には、鎖が張られていた。
(2016年 5月29日(日)午後1時10分〜1時30分頃)
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