家族の新しい部屋は壁まで全部薄いトタン張りだから外の風景がよく見えていいなあおれの部屋は窓しかなくて困ったよとうらやましがる夢を見た。完全に寒さに弱そうなのに壁の向こうのサバンナみたいな風景が丸見えだったのでうらやましかったんだ。それにしても部屋を移動するだとかいう夢を最近立て続けに見るな、もうそれは三年前に終わった出来事なんだけど。午前八時の起き抜けの夢はトラックに荷物を積むクレーンを操作しているが荷台が異様にグラグラしていて積めないしこれはおそらく時間稼ぎだから運転手に聞いてこいと言われてハイと力強く返事をしたのがおれだったという内容だった。これはほとんど写真レベルでの記憶しかない、ハイと言ってクレーンから飛び降りるのと同時に目覚ましが鳴ったので刻み込まれるように覚えているのかもしれない。あともうちょっと長い夢を見たはずなんだけどしっかりと二度寝を決めたのでしっかり忘れてしまった、長かったという、枠の記憶だけあって非常に不愉快である。
頭痛を抱えている。まあ大層なことではなくてひとつは悪天候のためにジョギングができてないことが原因なんだろう。もう一つの原因は昨日一昨日とろくにコーヒーを飲んでないことだ。コーヒーがないと頭痛するような身体になってしまっているので今もまだ無職ではあるが本格的にアレ(ウッ)になってコジキになったら大変だろうなと常に考えている、それぐらいの危機感はあるってことだ。そんな危機感を刀削麺みたいに削りつつ突っ込んだコーヒーは苦味が増してとてもおいしい! と絶叫したものを録音して、即データを消しました。
出かけられるか出かけられないか直前まで天気が怪しかったので不明だったんだけどむしろ安心して出かけられる日が少ないのでちょっと無理してでも向かうことにした、まずブックオフへ。なんとなく買う本があったためなんとなく購入、これは予定通りの支出だった、というか今日は予定通りの支出しかない。次に百均に向かい床を買った。ジグソーパズルのピースみたいな形をした、組み合わせて使うやつだけど、おれはディジュリドゥを吹くときの下敷きにする予定しかなかったから、一枚だけ買った。あれって一枚百円で一畳分揃えるには十八枚必要ですとか書いてあるから結構な出費になるよな。そういう自体に先回りしているんだろうか、隣には二枚百円の商品も新たに並べられていたが、二枚あってもしょうがないので一枚のやつを買った。百金で買ったら六畳びっちり敷き詰めることで一万円超えるってことでしょ。やべーな、百均からあれを百枚以上持って帰る様子を想像するのもやばい。
それで残りは先日も日記に書いた、自転車から外れたネジを買う予定だけだった、これも本当は百均で揃えたくて店内をくまなく高速移動していたんだが、木ネジはあってもボルトにナットというセットのネジがどうしても見つからない。イヤホンは売ってるのにそんなものは売ってないんだなとげんなりしつつ、遠くのホームセンターまで行きたくないなーと帰りかけたところ、裏道にババアのたまり場みたいなホームセンターがあったな、と思い出したので、どうせないやろという気持ちにしつつ向かうと、闇の中にすべての種類のネジが売られていた、ハレルヤ。しかも百円とまでは行かないが百五十円ぐらいで手に入る。良かったのでこれを買って帰宅。
で帰宅次第、家の前でコンクリに膝をつきながら外れたネジをハメハメする作業をしていたんだけど、人間の指がどう考えても入らない場所のネジ穴だったので何度頑張っても取り付けられなかったし、家族に玄関の電気を消された拍子にネジがドブに転がり落ちたので早速金をドブに捨てた気持ちになり、まだネジの本数はあったものの、すべてを諦めて家に入った。膝だけはコンクリが食い込んで無駄に負傷してしまった。感情は死んだ。
夜は国土地理院の提供してる地図を見ながら、これで細かい地名まで載ってたら最高なんだけどな〜などと考え考え、グーグルマップも駆使して、谷あいにあった熊走町という素敵な名前の街を見に行こうと思ったけど、これは木の間からわずかに見えるだけといった、秘境のような立地であった、まあグーグルもそんな細かいところには行かないだけだろうけど。しかし絶望するほどの田舎である。と考えながらまた住所を調べていると猫シタイ(ねこのしたい)という素晴らしい地名が石川県に存在することがわかったので見に行く。これもその地域には入れなかったが、鬱蒼とした林に囲まれた場所だったので雰囲気があって納得した。そうしているうちに1962年の近所の航空写真が出てきて、何もなく、川の形すら違う様子に衝撃を受けたために、あらゆる検索能力を駆使してあらゆる年代の航空写真を集めることになったが、これが楽しくて寝る直前まで没頭してしまった。これから50年足らずで、って思いかけたけど、それから10年ぐらい先の1973年の航空写真でメチャクチャ近代化して道も全部太くなってるし家もガツンガツン増えてるし、そりゃこの頃生活してた老人は景気の良さビシバシ感じられただろうな、発展の様子が見られたわけでしょ。おれが生まれた時にはもうほとんどのところに建物があったし、発展は終了していたからね。というか1962年から4年後に、いきなり田畑がえぐられ町が作られ始めているし、リアルなシムシティみたいでびっくりした、こういう様子を知っていたらシムシティも面白かろうね、やってないけど。その後も1952年の航空写真が見つかり、ヒントすら少なくなり、1946年、終戦直後の写真まで出てくる。この頃になると川の形というより道の形が強い、近所の道路が1本だけ終戦直後からずっと同じ変な形をしていて参考になったし、感心もした、あの道終戦直後から形を変えてないのかと。あと、近所の周辺の村が終戦直後の航空写真からほとんど形を変えてないしその中心には神社があったので、神社というものはやはりすごいのだなという月並みな感想を抱いた。いやあ本当に面白かった。
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