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2026年08月26日00:04

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樹木希林が語り部となって靖国神社を尋ねるドキュメンタリーの中に、東海テレビが作った「村と戦争/戦後五十周年ドキュメンタリー」が収録されてました。

ということで、靖国神社に行ってみるバラエティー番組が前後にあり、25分後くらいから「村と戦争/戦後五十周年ドキュメンタリー」(2015)の72分があり、さらに樹木希林がペンクラブの吉岡忍と語り合います(写真2)。「村と戦争」は、岐阜県の東白川村で、村の古老たちが、戦時品を収集していくという話が中心です。

しかし先日僕は、同じ岐阜県から満州へ行った開拓団の終戦による悲劇「黒川の女たち」を見たばかりなのでした。「村と戦争」では、兄が真珠湾攻撃に参加して敵艦を沈没させたという手紙が出ます。そこには戦果を誇る一兵士としての報告が描かれています。しかし、詳しいアメリカの調査では、その水雷は不発で回収され“撃沈”はされていません。

東白川村からは909人が戦場に送り込まれ、203人が戦死したとのこと。さらに満州開拓団として移住したあと、8年間抑留生活を送った人もいます。食い詰めた農家の次男坊三男坊などを満州に送り、開拓団として満州の農民たちから土地を取り上げて“開拓”してきたかれらは、再び日本に戻っても未開の山林を与えられただけなのでした。

つまり「村と戦争」は、まさしく大東亜帝国の侵略行為を実践し、命からがら日本に戻ると、そこでもまたゼロからの再出発を強いられたのでした。そのような戦争を引き起こしたA級戦犯が合祀されているのが靖国神社なのです。昭和天皇がお参りを拒み続けたという具体的な話も出てきますが、基本的に“当たらず触らず”のバラエティー番組でした。

樹木希林は、バラエティー番組で“どこへ行きたいですか?”と問われたとき、“竹島”と答えて収録が止まり、もう一度尋ねられたときも同じ答えを発したところ、そのシーンはカットされてしまったと語ります。つまり72分の「村と戦争」をまるまる収録しながら、前後にはそのバラエティー番組の感覚で靖国神社を扱っているのでした。

ということで僕は、「村と戦争」の72分間だけを、きちんと鑑賞しました。そこには大東亜戦争を戦った人々の正直な気持ちの吐露があるし、バラエティー感覚で物事を茶化すような方向性は皆無だったから。もちろん「戦後70年 樹木希林ドキュメンタリーの旅」という部分も、それなりに真面目なのですが、僕には奥歯に物が挟まったままに思える。

だから「村と戦争/戦後五十周年ドキュメンタリー」(2015)の72分だけを、収録すれば事足りるのですが、前後に加わった樹木希林の紀行番組も、これが精一杯の地上波テレビの良識なのだと、僕は一緒に収録して保存することにします。地上波テレビというオワコンは、かくして消え去っていったのだと確認するために。

写真3は、靖国神社で記帳する樹木希林。達筆でおます。僕はこんな記帳なんかとても出来ません。ボールペンでよろしいわ。それにしても満州に8年抑留され、現地の人々と炭鉱などで暮らしてきた人を、日本で迎えた村民たちが“アカ呼ばわりする”という事実の重さを、もっと考え直さないとね。かく言う僕も“新左翼”を学び直すか。
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