病気の顛末など、読んでも楽しくないと思いますから、どうかパスしてください。僕は自分の備忘録として、自分の気持ちを書き留めておきたいだけです。明日からはまたいつものように映画を見てその感想を書くつもりですので、今日の日記はパスしてください。こんな体験、する必要なんか絶対にありませんから。
退院は午前10時の予定でしたが、さっさと荷造りしてしまっており、忘れ物もないと確認できると、前夜に請求書をもらっていたこともあり10時チョイ前に退院してしまいました。でもって、正面玄関に居並ぶタクシーを捕まえて、自宅まで15分だわいと外に出たのですが、タクシーが全然いない。
数分待ったのですが1台も来ないので、歩いて五反田駅まで行こうと決めました。でもって山手線で目黒駅へ行き、そこからはいつも通っている道を十数分歩き、すんなり帰宅できました。そして同時に、使い慣れた自分の家で、以前同様の暮らしができるという“当たり前のこと”が、実にありがたく思えました。
そうは言っても、手術についてはまったく記憶にないのです。マウスピースをして喉に麻酔薬を噴霧され、“唾液は吐き出してくださいよ”と言われて懸命に出そうとしたことを憶えているだけ。実際に口から出した感覚は全くありません。そして気がついたらストレッチャーの上にいました。3時間ほど眠っていたしだい。
ま、手術は2時間くらいで、あとはストレッチャーに移され病室(10階です)の近くの回復室に並べられていたのでしょう。それにしても検査の胃カメラの際には、喉の麻酔と前後して“鎮静剤を注射します”と言われたのを憶えていますが、本番のときはそれを憶えていない。お医者さんに尋ねたら、“点滴から入れました”だって。そりゃ気づかんわ。
さすがにまだ麻酔が効いていて、ストレッチャーを降りた瞬間よろめきました。“立つ”という行動がそんなに難しいはずはない、と思っている自分がそこにいたのです。とはいえ、そんなよろけも時間とともにすいすいと薄れていき、本当に大ごとの手術を体験したのかどうか、疑わしくなるほどの“無事”ぶりでした。
ということで一大事件のはずの手術よりも、術後の点滴の継続とそれによる頻尿に悩まされました。点滴そのものはまったく痛みはないのですが、ベッドに横になっていたときにふと手首を返して点滴の針を“こじる”ような状態にしたときだけは痛みました。それに気づいてから注意したので、以後は痛みなしです。
でもって自宅に戻り、病室同様の行動が続きます。つまり、術後最初の便通がまだだったわけです。これについては、“手術のせいで便が真っ黒になる”とか、“なかなか出ないかもしれないがいきまないように”とか、いろいろ注意されていますが、なにしろ尿意は頻繁に高まるのですが、便意がこない。
自宅に戻って昼飯後に、ようやく2〜3センチ出ました。そして先程(23時頃)、また同じ程度排便したしだいです。たとえ僅かでも、2回あったということで今は気持ちも落ち着きました。これから先も、こんな状態が続くのかな? それとも処方してくださった薬を睡眠前に飲み続けていれば治癒するのかな?
てなことを僕が考えていても何も始まりません。心配なら担当医に連絡すればいいし、何かあったら緊急センターへと言い渡されています。とりあえず、阪神がヤクルトに負けたから、世の中“正常”に進行しているようです。しょーもない病気体験におつきあい頂き、ありがとうございました。
写真1は、関東病院の診察料支払機。写真2は昨年3月16日に救急車で担ぎ込まれた東邦大学大橋病院の精算機です(ER診療は保険が適用されませんでした=涙)。
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