平成31年2月上旬、道東の廃村探索、3日目、
上古潭(うえんこたん)からは八十士(やそし)に向かうにあたっては、中立牛、紋別市街から向かうルートもあったが、
「もう一度鴻之舞を見ておきたい」ということで、来た道を戻ることにした。
後で調べたところ、上古潭−上鴻之舞(昭和区)間は10km、上古潭−八十士間は、中立牛経由が48�辧�鴻之舞経由が49�劼世辰拭�
帰路の鴻之舞では末広町の鴻紋軌道の鉄橋(五号杭橋)跡、上藻別では「あけぼの町浴場跡」案内板の写真を撮った。
後で調べたところ、現在鉄橋は排水の送水施設として活用されているという。
さすが鴻之舞は「東洋一の金山」と謳われただけのことはあって、さらりと回るだけでもおよそ2時間かかった(上藻別、上鴻之舞を含む)。
田中さんは2週間後、スノーシューを持って鴻之舞を再訪されたという。
画像1:鴻之舞末広町・鴻紋軌道の鉄橋(五号杭橋)跡
現地では、「ベルコンなんじゃないかな」とか話していた。
ほんと、下調べはしなくなってきた。
画像2:上藻別・「あけぼの町浴場跡」案内板
上藻別地内には、もう一か所、駅逓のそばに
「桜町浴場跡」がある。
現地では、「上藻別も鉱山関係の集落だったんだ」と思った。
後日、「鴻之舞金山と旧上藻別駅逓所」Webで
「あけぼの町、桜町が昭和何年頃まで存続していたのか」を尋ねたところ、
すぐに
「昭和14年頃から昭和18年頃まで」との旨、返答があった。
返答には詳しい経緯も含まれており、
鴻之舞に係わる方々の地域愛を肌で感じた。
(2019年2月10日(日)午後3時25分〜3時35分頃)
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