平成30年11月中旬、山形県の廃村探索2日目、
大机に続いては、その北側、直線距離だと1.5kmほどの河倉(かわくら)を目指した。
河倉は最寄集落 坂野下から4�辧�標高は294m(分校跡)、戸数9戸(S.37)の戦後開拓集落で、昭和50年に離村した。
R.345旧道の河倉口バス停から枝道に入るとすぐにダートとなり、集落跡手前1.5�劼�らはクルマは走らないほうがよいレベルになってきた。
何とかたどり着いた集落跡はスギと灌木、ササやシダなどに覆われていた。
近くにある池にも足を運んだが、水鳥がいるぐらいで森閑としていた。
田川小学校河倉冬季分校は、へき地等級1級、児童数28名(S.34)、昭和28年開校、昭和44年閉校。
往時からの道が個性的な形をしているため、「集落跡中心部、分校跡はこの辺り」と見当がついた。
集落跡では、痕跡は池沿いの古い作業小屋、潰れた建物の屋根、コンクリ建造物の基礎が見当たった。
画像1 河倉・集落跡中心部はスギと灌木、ササやシダなどに覆われていた
画像2 近くにある池は、水鳥がいるぐらいで森閑としていた
(2018年11月11日(日)午後2時〜2時30分頃)
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