平成30年6月中旬、北海道・後志の廃村探索、
Webマガジン投稿用に長崎県池島の記事をまとめていた頃で、
1日目の宿、銭函の旅人宿「小さな旅の博物館」では
「池島の炭鉱関連施設に落書きがあった」というニュースに
「なんでそんなことするのかねー」とか話したような気がする。
2日目最初の目標 仁木町得志内(とくしない)の分校跡は、冷水川上流部の橋を渡る手前にある。
「分校跡はここに違いない」という場所には、フキとイタドリに埋もれた平地で、分校跡の気配は背が高いマツに感じるぐらいだった。
成瀬さんはカマを持参しており、フキ、イタドリを刈って倒すと、平地はいくらか分校跡らしくなった。
5月下旬の探索に比べると明らかに草の茂みは濃いが、フキ、イタドリは刈りやすく、倒して視界が広がるとなかなか気持ちが良い。
「落書きするなら草を刈れ」という言葉がふと頭に浮かんだ。
果樹園の施設に戻り、「行ってきました」と報告すると、Tさん(60歳代ぐらいの男性)は
「開拓農家は、橋を渡ってその先に数戸あった」と話してくれた。
成瀬さんは過去2回の訪問では、得志内分校の場所の見当はつかなかったという。
私と成瀬さんは、「地域の方とやり取りするのは大切ですね」と話し合った。
画像1: 得志内分校跡付近のダート(左側が分校跡)
画像2: 得志内分校跡(その1、草を刈る前)
画像3: 得志内分校跡(その2、草を刈った後)
フキとイタドリを倒すと、いくらか分校跡らしくなった
(2018年6月 9日(土)午前8時〜8時30分頃)
ログインしてコメントを確認・投稿する