平成30年7月、茨城県 廃校廃村の旅、
鹿島神宮駅から神栖市深芝浜に向かって電チャリを走らせること2時間、
おそらく25�劼曚描�って、やっと深芝浜集落跡にたどり着いた。
「何もない」というのはわかっていたが、
それにしても何もなかった。
「学校跡はこの辺り」とわかるのは、往時の地形図があるからだ。
「こんな場所だからこそ、集落跡の碑、学校跡の碑がほしい」と思った。
画像1 深芝浜集落跡(その1)
集落跡は、道の左右にある。
かつての分校は、左側(現 製油所内)にあった。
画像2 深芝浜集落跡(その2)
左側(現 製油所内)、分校跡推地から右側(現 発電所内)に向かって、
高架のパイプラインが走る。
画像3 深芝浜集落跡(その3)
道を90度曲がって、右側は発電所のままだが、
左側は鹿島港の敷地に変わった。
(2018年7月21日(土)午後1時30分頃)
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