平成30年4月、島根県益田市近辺の廃校廃村を目指す旅。
須川小学校滝谷分校は、へき地等級1級、児童数30名(S.34)、明治9年開校、昭和48年閉校。
学校跡は橋の手前にあって、おきのくにさんが平成14年に訪ねたときは校舎が残っていたとのこと。
その後すぐに道を作るため土盛りが行われて、今も残る教員住宅跡の建物は道下の平地に建つことになった。
滝谷での探索は、各自で三々五々に行われた。
学校跡に土盛りされた道は、棚田跡へと続いている。
神社跡がどこかにあるはずだが、急きょの代替案のため地形図は持ち合わせていない。
比較的近場を探索をしたところ、
平地の片隅に墓石のような「校地寄附紀念碑」(大正7年建立)と金網が見つかった。
亀山さんとこの碑を見ているうちに
「滝谷といえば広島ホームテレビのロケ地選定のとき、スタッフが断られたんだなあ」
と思い出した。
探索を行った後、すっきり広がった青空のもと、橋に集まって昼食休みをとった。
離村記念碑のサクラを見ているうちに、
私は「廃村に出向いて花見をする(イコール 廃花見)は新ジャンルにできないかな」
と思いついた。
この年のサクラの開花は早く3月下旬には全国各地で満開になったが、
滝谷のサクラが満開だったのは標高が高いからなのだろう
(滝谷学校跡の標高は313m、猪木谷は181m)。
家屋に隣接する倉から教室で使われていたと思われるの椅子をお借りして、
離村記念碑とサクラをバックに集合写真を撮った。
現地では探す気にはならなかった神社跡だが、後日「地理院地図」Webで調べたところ、
鳥居マークは学校跡から少しだけ先にある小山の上にあった。
画像1:滝谷・「校地寄附紀念碑」と金網が残る
画像2:教員住宅跡の建物も残っている
(2018年4月8日(日)午前11時45分〜12時30分頃)
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