mixiユーザー(id:77262)

2018年02月06日07:15

176 view

吉牟田(その1)

平成30年1月、宮崎県の廃校廃村探索2日日、
巣之浦官行からはレンタカーを取りにえびの飯野駅に戻り、
ムーヴ先行のクルマ2台体勢で吉牟田(よしむた)へ向かった。
しかし、吉牟田までの道はピストンなので、途中、石積みの橋のところで
「この先は一台に戻りましょうか」とクルマを停めた。
この石橋は水道橋だと思っていたが、後に森林軌道跡の橋であることがわかった。

その先の最寄り集落 鍋倉では「吉牟田9km」という手作りの案内板があった。
舗装はしているけれど、分水嶺越えもある吉牟田までの道は歯応えのあるものだった。
吉牟田到着は午後3時30分頃、人の気配はなかったが、
建物が立ち並ぶ集落らしい風景は、探索2日目の締めにはちょうどよいものだった。

大河平小学校吉牟田分校は、へき地等級4級、児童数18名(S.34)、
大正13年開校、昭和54年閉校。
『ここに学校があった』に載っている池はすぐに見つかり、
その奥にはキャンプ場の施設があった。
平地の隅に残るバスケットボールのゴールは、分校跡らしさを醸し出していた。
キャンプ場の運営者は「吉牟田活性化委員会」とあったが、
壊れた自販機が放置されているなど、使われていない感が強かった。

 画像1: 吉牟田・分校ゆかりの池はすぐに見つかった

 画像2: 分校跡の敷地は、キャンプ場に転用されていた

 画像3: 分校跡の一角にはバスケットボールのゴールが残っていた

  (2018年1月7日(日)午後3時30分〜40分頃)


3 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2018年02月>
日 月 火 水 木 金 土
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728   

過去の日記

2026年
2025年
2024年
2023年
2022年
2021年
2020年
2019年
2018年
2017年
2016年
2015年
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年
2006年
2005年
2004年