平成30年1月、新春いちばん、宮崎県の廃校廃村探索1日日、
JR内海駅で短い昼食休みをとった後は、もうひとつの目標 家一郷(かいちごう)を目指した。
鏡洲小学校家一郷分校は、へき地等級2級、児童数40名(S.34)、昭和28年開校、同39年閉校。
五万地形図(日向青島、S.44)に「家一郷」と記されているのは東家一郷で、
分校があった家一郷は東家一郷から5km渓谷沿いをさかのぼった地名が記されていない場所だった。
このことに気がついたのは、この旅の計画を煮詰めているうちのことだった。
R.220から宮崎学研都市を通って県道(27号宮崎北郷線)に抜け、
椿山キャンプ場となった家一郷集落跡に到着したのは午後1時10分頃。
『ここに学校があった』に載っている分校跡の碑は駐車場のそばにあり、
簡単に見つけることができた。
画像1: 家一郷・分校跡の碑は駐車場のそばに建っていた
画像2: 分校跡の碑には校歌が刻まれていた
画像3: 分校跡地から駐車場を見下ろす
(2018年1月6日(土)午後1時10分〜1時20分頃)
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