ここの百貨店には何もなかったし次の百貨店に行きたいけどどうも想像とは違って地下道でつながってる様子がないみたいだから仕方なく外の坂を駆け上がって行くことになり道を埋め尽くさんばかりの外人たちの群れもジョギングとばかりに駆け上がってきて青い軽トラの背後に隠れて逃げ回りながら長い坂を超えると次の百貨店でやはりお高く止まった店だから古書店スペースですらディスプレイの仕方も値段も高いなと思っていたら低い柵を越えた裏手に広大な安売りスペースがありそこでは高い商品でも四百八十円ほどだったので穴が空くほど見て回り軽い雑貨などは誰々さんの誕生日プレゼントにいいんじゃないかと言いつつも特に何も買わず店を出ようとしたら閉店準備をしていて横のアトラクション用の木製ドアから出してもらいそうかアトラクションもあるんだなと考えながら車の助手席に乗り込み運転手が買った車のフロントガラスに直接ナビが映り込む機械を取り付けて騒いでいたけど運転に支障ないのかなと不安に思いつつ説明書を見てたら別の物知りが英語をブロックしたら自動的に日本語になるよと言い出したので英語と美輪明宏をブロックしたら全言語がブロックされ何も見えなくなりしょうがなく勘で設定を戻しなんとか日本語を復活させる夢を見た。この夢は楽しかったのでよく覚えている、また古書店が出てきたのかよという印象があるが、その古書店が入っていた暗がりの背後というのがめちゃくちゃおもしろかったし、横がアトラクションになっているというのも良かった。おれは本当に、本を読む行為より買う行為の方が好きなんだな。
ところで本当は今日は夢覚えてなくていいやと思ってたんだけどそういうときにはよく覚えてるもんだな。なんで夢覚えてなくていいやと思ったかというと、午前八時に一回起きてパンを食ってたら姉の荷物が届いて、しかも姉は家にいるのに出ないとかいうクソみたいな行動を取ったためしょうがなくおれが玄関に出た、そのときにちょっと滑って親指をぐにゃっとひねってしまい猛烈に腫れて痛くなってしまったからなんだよね。痛いしめちゃくちゃテンションが下がったんだけどそれでも昼までぐうぐう寝ていたので睡魔というものは恐ろしい。ただ違和感だけが強く残っていたのでなんとなく足に触ったりしていた。ところで今日は天気がそれほど良くなかった、少なくとも予報ではそのはずだったんだが、レーダーでは雨雲がさりつつあった、これ晴れるのかなと期待や不安が入り交じるおかしな感情になるぐらいであった、しかもなんか破邪っぽいさり方をしている。しかも出かける直前になって親指に痣ができて、なんでしばらく痣にならなかったんだと疑問に思ったんだけど、引くぐらい真っ青になっていた、これは一瞬出かけるのをためらうぐらいの青さだったけど、でも、でかけた。
で街ではガレージなどを回って、漢詩の本一冊と脳の本一冊、いずれも文庫本で購入した。漢詩の本はだいぶ前から目をつけていて、売れるならさっさと売れてくれと願っていたおかしな本だったけど、多分冬ぐらいからだから半年以上かなあ、ついに売れなかったので買ったって分け。脳の本はですね、脳の科学的な話なんか全然分かんなくて、全体的には買わなくていいような内容だった。作者も事故死していてあとがきが痛ましいし。でも頭が良くなる方法は脳をヒーヒー言いながらでも使うことだみたいなことが書いてあり、科学者がこういうんだからしょうがないし戒めにしたかったんだよね。だから買った。帰ってからは別の本を読んでいたんだけど、途中でポッドキャストを聞かねばならないことに気付き、切り替えた。切り替えついでに一旦席を外してコーヒーを作りに行ったんだけど、コーヒーのペーパーフィルターを一回百均のに戻してみたんだよね。でも結果はやっぱコーヒー屋のやつの方がうまい。いやでもこれは紙質の差ではないんだな。わかってるんだよ、もう抽出のタイミングがコーヒー屋のペーパーフィルターに固定されちゃってて、湯の落ちるスピードが違うってことはさ。
タブレットに電気がなくてブーブー言ってる状態で充電したかったけどそんな暇はなかったのでとりあえずポッドキャストを聞きながら手の動きだけで行えるPDF整理などをした。今日なんでこんなにポッドキャストに時間かかったんだろ、全然理解できない。そのあとコップを洗うついでに本をフキフキ、これはしょうがない、ガレージの古書は汚れているからね、さっき行ったように漢詩の本なんかは最短でも半年以上は露店に放置されてるから汚れがかなりあるんだ。そのあとインターネットしてたら度数高いだけのヤバい缶チューハイの話題が出てたので興味深く話を追っていた、おれが酒屋でバイトしてた頃なら飲んでただろうな、好奇心が旺盛だし、うちの酒屋は個人営業のだるい場所だったので、そういう安いだけの缶チューハイは絶対に入荷していただろうから。で深夜はタイの家並みの本をずっと読んでいた。タイの昔の写真、まだ変な日本語グッズが氾濫していた頃だから(今もたくさんあるのかどうかは知らない)、座布団に「どうなるの」って書いてあるんだけど、最近こういう話題って見ないよね。もう飽きたのかな? それともまだ続いてるけど話題に登ってないだけ? それともそれとも、正しい日本語の知識を手に入れた? 昨日見捨ててきたラオスの本にはたあ坊のシャツを着たラオス人が写っていたし、日本語は強く、サンリオはもっと強い。翻ってタイのタウンハウスだが、陸屋根じゃなくてちゃんと切妻屋根があるところ、あれで中流家庭だったのかとびっくりしてしまった。中流家庭の写真に上半身裸の男が写り込んでいてとてもそうは見えないのがすごい。
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