今テレビでアナウンサーがナタみたいな包丁で料理してたって言っても信じてもらえないから今のVTRにあったでしょってわざわざ巻き戻して示してあげたしこれで理解してもらえたかなと振り返ったら誰も見てなくてオイ見ろやってツッコミ入れる夢を見た。誰と会話してるんだろうこれは。誰もいなかったというか最初から幻聴だったという可能性もありますね、それだとかなりつらい話になってくるが。午前八時の起き抜けには、図書館の開館を待ってるやつを素早くあることあるいはゆっくりあることまたは秘密で脅すなどしてどかそうとしたがその秘密はまさに今から開く図書館の中にあるという夢を見た。五千八時の夢にしては輪郭程度はかろうじて覚えているが、しかし内容の意味がわからないため、全体としてはやはり理解しがたい。
起きて割とすぐのタイミングで五分ぐらいの通り雨を食らったので今日はひょっとして出掛けられないんじゃないか、嫌な天気だと考えていたらその後謎の太陽が出てきてまったく混乱してしまった、天気がハチャメチャがついていけない。ついていく必要はないんだがというかついていったらどこに辿り着いてしまうのか。なるほどこれではただ気分を乱すだけだと気がついたのでひとまず外の懸案を離れて、内側の、すなわちパソコンの中の、インターネットニュースを片付けることにした。また同時に老人パソコンからファイルを吸いもしていたんだけど、本格的に動かない感じになってきたので、まあ焦りはないんだが、なんだろう、切ない気持ちがある。
お出かけをして、新春古書店巡りをしたんだけど何も買わなかった。買わないことに越したことはない、というのは年末年始にかけて、ほとんどが一円とかもしくは百円未満であるとはいえ送料をバコバコ払っているような商品を二三注文しているからだ、お金の問題というのはまあ置いておくとしても本を置いておく場所と本を読むスピードを考えるにこれ以上無尽蔵に増やすわけにもいくまい、とはいえ行かないというのはなんか違う、出かけたいし古本がいっぱい詰まった本棚は見たい、だから出掛けたことは正解だ。で帰宅してみたらその書籍が届いていた。マケプレの本だしメール便で届けられるから何も期待はしてない、が袋に入れただけの梱包アンド配達野郎の行き届いた心遣いにより郵便受けから直接投げ入れられた状態が床への直撃をもたらしており、新春早々おめでたいぜ! と思った。もう新春って言わなくてもいいか。本は無尽蔵に増やしたくないとか、今日も本が届いたとか、そういう話を繰り広げておいて何なんだけど、変体仮名の本もそろそろ買わなきゃならないんだよね。内容が大体わかっているため買うハードルは随分低い薄い教科書みたいな本を。一方今読書している新書にはあっさりと「本を二百冊ほど買い」などと書いてあるんだ、学者のおじさんはやることが違うな、そして若干キモいな。一気に買う量が二百冊だったら一ヶ月で千冊ぐらい買いそうじゃん。どこに置くんだろうね、書庫があるとしてもだよ。その本は今日中に読み終えることができたのでスッキリした、もちろん読むべき本はまだまだ腐るほどあるわけだが。でも学者が二百冊買ってるのに比べたら、いやいや、おれは無職だぞ。
昨日に引き続いて東南アジアのお祭りをちょっと見たので、その勢いで着替えて掃除してやった。その勢いというのは本当にすごい勢いなんだ、メガハッピーマンみたいなのがそこら中にたくさんいてシンバルがジャーンジャーンジャーン太鼓がドコドコみたいな狂ったような開放感、まさに字面通りのお祭り騒ぎといった雰囲気。そのままの熱を保持したかったので食べるパンのお供にもベトナムコーヒーをチョイスしたんだよね。ベトナムコーヒーいちいち面倒なんだよな、製法がベトナムコーヒーなのであって、豆がベトナム産なわけではない。その飲み終わったコップを洗っていたらカンボジア国歌を聞き逃してしまったんでそこはちょっといただけなかったけど。ひとしきりすべてのすべきことが終わったら意味なくトルクメニスタンも検索してしまったので、今日は民族性にあふれた一日だった。
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