平成27年7月14日(火)、鹿児島県の廃校廃村への旅の目的地
本之牟礼(ほんのむれ)は、
川沿いの下本之牟礼、丘の上の上本之牟礼に大別される。
分校跡は下本之牟礼のいちばん手前に位置する。
花木さんの案内で、分校跡を起点に下本之牟礼集落跡の様子を見て歩いた。
「撤退の農村計画」(学芸出版社、2010年刊)では、
平成20年7月現在の下本之牟礼集落跡の家屋等の様子が記されている。
集落が集団移転したのは、平成元年のこと。
「撤退」の中には、
「本之牟礼は降雪の少なさのせいか、移転して約20年経った今も、
住居が比較的そのままの形で残っているところが多い」
という一文がある。
下本之牟礼集落跡を歩いて驚いたのは、
7年経って、家屋の大部分が崩壊していたことだった。
花木さんは、この心当たりについて、
「元住民の高齢化が進み、訪ねる人がほとんどいなくなったこと」
「たびたび台風が襲来し、その際に一気に崩れたこと」
を挙げられた。
画像1:下本之牟礼の風呂の跡
この風呂があった家屋は、少し前まで残っていたという。
タイル張りの風呂は、廃村を歩くとよく見かけるが、
秋田県南の調査では、ひとつも見なかった。
画像2:下本之牟礼の祠
集落跡のほぼ中央、市の水道施設の隣りにある。
後方には、屋根にコケが生えた往時の家屋が構えている。
コンクリ造りの頑丈そうな祠は、往時のままで、
集落に神社はなかった。
画像3:下本之牟礼の家屋
集落跡のいちばん奥、分校跡から500mほどの場所に
傷んだ家屋が残っていた。
30分ほどの下本之牟礼の探索で見かけた家屋は
分校跡の校舎を含めて3つだけだった。
(2015年7月14日(火)午前11時30分頃)
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