平成27年5月29日(金)、北海道・道北の廃校廃村への旅、
塩狩からは和寒バスターミナル横のセイコマに立ち寄り、
和寒町最北部の廃村千選のポイント 東和(とうわ)に向かった。
改めて地図を見ると、塩狩−和寒−東和のラインは、ほぼ南北にまっすぐだ。
東和は3戸7名(H.26)、65歳以上の割合86%の高度過疎集落。
東和開拓への道が分かれる三差路の角には商店跡があり、
成瀬さんのレポートでは赤いコカコーラのマーク入りの看板が印象的だったが、
残念ながらその看板は失われていた。
東和小学校は、へき地等級2級、児童数99名(S.34)、大正6年開校、昭和51年閉校。
学校跡には、二町(和寒・剣淵)の広域生ごみ処理場が建っているが、
建物は広い敷地の中にあるので、荒れた感じはしなかった。
学校跡には、和寒町お約束のしっかりした案内板が建っていた。
画像1:「東和小学校」「東和中学校」の標札が入ったモニュメント
ずっと門柱だと思っていたのですが、
近くで見ると、標札入りのモニュメントということがわかりました。
画像2:東和小学校・中学校の案内板
生ごみ処理場の入口左側に標札入りのモニュメント、
右側に案内板が建っています。
画像3:東和・看板がはげた大島商店跡
成瀬さんのレポートは、平成22年5月と8月。
http://heyaneko.web.fc2.com/0haitan_10.html
顕著な変化があると、時の流れが感じられます。
(2015年5月29日(金)午前10時50分頃)
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