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2015年06月10日07:22

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大安在分校跡

平成27年5月31日(日)、北海道の廃校廃村への旅、
上ノ国町の3つのポイント(中外鉱山、大安在、上ノ沢)の中では
大安在の難度が抜きんでて高い。

大安在は戦後の開拓集落で、標高約330mの高原面にあった。
昭和35年から36年にかけて、地元の二三男とその家族8戸が入植。
開拓者は共同で作業し、酪農郷の経営を目指したが、
条件の劣悪さなどにより、昭和41年には全戸が離農した。

河北小学校大安在分校は、へき地等級不明、
児童数18名(S.39)、昭和38年12月開校、昭和41年3月閉校。
実際に現地で授業が始まったのは昭和39年4月だったので、
分校は、正味2年しか稼働しなかったことになる。

探索は、ラオウさん、成瀬さん、田中さん、私の4名で行った。
ササ藪を切り拓く若い衆2名は、行く手にフキとイタドリのみが
四角に生える不自然な空間を見つけた。
足元をよく見ると、コンクリートの建物の基礎が見つかり、
地図などの資料と照らし合わせたところ、
「分校跡の校舎に違いない」と判断することができた。

 画像1:大安在分校跡(草を整理する前)
     画像上方の緑が、
     「フキとイタドリのみが四角に生える不自然な空間」である。

 画像2:大安在分校跡(ある程度草を整理した後)
     校舎の基礎は、建物の形がわかるぐらいしっかり残っていた。

 画像3:分校跡のそばに残るブロック造りの建物
     往時住まれていた方のブログには、
     「建物は、石炭小屋、教職員の風呂として使われていた」
     との旨が記されている。
     http://ameblo.jp/mogari25/entry-11927679750.html

  (2015年5月31日(日)午後11時30分頃
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