東映チャンネルで放送したものを録画してあったので見ました。1960年、僕は中学生になり、遠足で枚方パークの“防衛博”を見に行ったのでした。本物のジェット戦闘機“F-86F”が展示してあり、コックピットを覗いたり、機体に触った記憶があります。たしかに遠足という社会見学でした。←奈良市内から観光バスを貸し切って出かけたはず。
まだ東大寺学園ではなく、青々中学の14期生です。1クラス48人で2クラス。僕は中学時代は3年間Bクラスでした。←別にAクラスが成績上位でBクラスが成績下位ではありません。入学したときの成績か何かを基本にして2クラスに分けただけ。次年度からは、2か月に一度の学力テストの結果でクラス選別されていたようです。
とりあえず、まだまだ憲法9条についてもきちんと習っていない時期に、“防衛博”というのもおかしな話ですね。とはいえ、雑誌のグラビアなどでジェット戦闘機の写真は色々見ていたし、“F-86F”が航空自衛隊の主力戦闘機になるということぐらいは知っていました。「マッコーネル物語」を見ていたはずだし。
とりあえず“F-86F”が飛ぶシーンはふんだんにありました。東映スコープ総天然色の娯楽大作だったのでしょう。←83分しかないから、大作ではないかな。でも併映の「忍術御前試合」が63分しかないから、「ジェット機出動 第101航空基地」はAプロですね。高倉健がパイロット志望で、父親(薄田研二)の反対を押し切って航空自衛隊に入ります。
そして航空自衛隊の指導官の小谷二佐(月形龍之介)が、中谷次郎の戦死した実兄太郎の上司だったことを知る、という展開でした。飛行練習はT-33でやってます。訓練中に事故死する隊員を今井健二が演じてました。そのあたり、実際に訓練中に殉職した隊員がいたという実話が元になっているようです。次郎の彼女役が中原ひとみ。やっぱ、ええわぁ!
このころの東映映画は、東洋現像所が担当していたんですね。だからイーストマンカラーとなっています。東映化学(現・東映ラボ・テック)は、1957年にはまだ稼働していなかったのかも。とりあえずスコープサイズを生かして、ふんだんに飛行シーンが見られます。少年マガジンや少年サンデーは1959年発行で、間に合ってません(笑)。
てなわけで、航空自衛隊というものを少年たちに“刷り込む”ための宣伝映画ですから、内容に期待してはいけません。小林恒夫という監督さんについても、松本清張原作の「点と線」の監督だから、いちおうエース監督? ←スコープ画面に時刻表を映し出すシーンのために、畳何枚分かの“巨大時刻表”を作ったことぐらいしか知りません。
ログインしてコメントを確認・投稿する