高倉健主演のサラリーマンものです。原作は源氏鶏太。東宝でのサラリーマンものや増村保造監督の「最高殊勲夫人」(1959)を見ていますが、今回見た「東京丸の内」はイマイチ明るさや軽さが足りないと思いました。両親のいない高宮曜子(佐久間良子)に向かって“家の格が違う”と宣うあたり、僕の好みの三宅邦子と大違い。
高宮と同じ会社の製品企画部員である加部一喜(高倉健)は、名前すら覚えてもらっていない高宮に“登山に行った土産です”とプレゼントを渡す。このあたり、快調に思えたのですが、イマイチ乾いた明るさが感じられません。そもそもこの機械製造会社が、専務派と社長派に分かれて駆け引きがあるとか、明るいサラリーマンものではないのでした。
小西通雄という監督さんはあんまり見てませんね。「警視庁物語」のどれかぐらいという印象です。てな感じで、いまいち乗りが悪いサラリーマン映画でした。そこでふと気づいたのが、映画観客動員数。1958年の史上最高の11億2000万人から、この映画の1962年には、6億6000万人(4割減)になってしまっていたのです。
実際、1960年ごろから邦画各社は合理化を図り、専属俳優やスタッフなどを別会社に異動させたり、“斜陽”に対するいろいろな手を打ち始めたのでした。そんな中、東宝のサラリーマンものは「社長シリーズ」など定番喜劇として残りますが、他社のサラリーマンものは暗い影を帯びてきていたのではないか?と思うわけです。
たとえば中曽根課長(千秋実)などが、会社の上下から板挟みになって悩むとか、僕には“善人の代表”俳優である加藤嘉が、娘の縁談と次期社長を狙う野心家を演じているのも面白くないな。後年の「砂の器」のイメージが壊れまっせ。とりあえず女性陣の駆け引きの俗っぽさがダメすぎるのです。それらはすべて1960年からの映画界の暗雲のせいかも。
大島渚監督が作った「天草四郎時貞」の公開が1962年3月で、この「東京丸の内」が同年8月末でした。もちろんプログラム・ピクチャーを手掛けていた監督たちが「日本の夜と霧」という映画に影響されているはずがないとは思いますが、あの1960年の世相というものが娯楽としての映画を大きく変貌させたことは間違いないと思うのです。
それにしても、田坂具隆監督や内田吐夢監督を抱えながら、経済原則を振りかざして儲け主義に走った東映は、第二東映など拡大路線の反省ではなく、「飢餓海峡」の上映時間が3時間とは長すぎるからカットしろと命じるなど、娯楽の主役だった映画というものの“価値”を忘れた経営方針へと突き進みます。
やがて“大衆路線”化が、うんとニッチな“やくざ映画”へと進み、それはそれで数々のあだ花を咲かせましたが、1958年当時の輝きは失ってしまいます。そんな“時代の流れ”を痛感させるプログラム・ピクチャーなのでした。写真3の女優さんたち、左が佐久間良子で右は小林裕子です。←小林裕子って、まったく知らんけど(笑)。
今気づいたけど1962年って、東映フライヤーズが日本シリーズで阪神を破った年やんか。岩下・青野にボロクソにやられたな。日本シリーズ第2戦で、村山実があわや完全試合というピッチングをしましたが、そこまで。今年の阪神も、やっぱりダメ虎ですなぁ。昨日また負けました。このところ1勝4敗やで。大相撲やったら休場や。
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