東映チャンネルでの再放送を、BD-Rに収録しておきました。こういう作品が、ハイビジョン画質で所有できるということが、僕にはとてもうれしい。前回見たのは2014年11月か。高倉健が亡くなったころでした。そして、彼がひょいと馬に飛び乗る場面に感動したことを思い出しました。←この“感動”は、ある総理大臣が相撲に対して言ったことと同義。
そして同じように香川京子の腕(かいな)の魅力とか、中原ひとみのういういしさに納得してしまいました。とはいえ僕には、民族という概念がピンとこないため、それによる差別という部分についてきちんと理解できません。というか、ある民族が別の民族に比べて優れているとか劣っているとかの、“差別”というものが理解できない。
それは僕が差別される側にいないという“しあわせな状況”のお陰かと思います。そして僕は“混血”という状況についても理解が乏しい。先日も書きましたが、僕は何らかの民族である前に“人間”であると認識しています。だから先日「アイヌモシリ」の一場面で日本人観光客が土産物店の女性に、“日本語がお上手ですね”と言ったときには愕然としました。
同時に僕は、こうやって差別されている方々に対して、自分が気づかないうちに差別してしまっているのではないかと心配です。もしもそのような印象を持つ方がおられたら、平に平にとお詫びする他ない。僕はその程度人間なのだということです。
ということで、中原ひとみの役名が茂子で、僕の母親と同じだなどと単純に嬉しがっていました。そして何よりも、ラストシーンで香川京子が語る言葉から、彼女の体の中に高倉健の子供が宿っていたことを、今回初めて知りました。この映画を初めて見た小学生時代には、全く気がつかなかったな。当然と言えば当然か。
一方で冒頭のロングショットから、“西部劇の醍醐味”を感じたのでした。高倉健が馬にひょいと飛び乗る姿は、若きスティーブ・マックイーンの身のこなし(TV「拳銃無宿」参照のこと)と好一対です。特別出演の有馬稲子もいい感じでした。この女優さん、基本的に僕好みの顔ではないのですが、「ゼロの焦点」とかワキに回るといい味を出してますね。
そして今回は、ETV特集の「駅が語れば」を見た後なので、全国各地から北海道に渡ってくる人間模様にも思うところがありました。つまり僕は、“北へ行けば仕事がある”という噂話を信じて流れ着いた若者が、その若者を受け入れた人々への期待を裏切った事実を知っているわけです。あの痛切さに比べると、この映画の“娯楽性”はいかがなものか。
てな文句をたれている僕は、せいぜい「2355」の“文句たれぞう”以下の人間でしかないのですが、相変わらず世界一わがままな映画ファンの一人として、自分勝手な言葉を羅列してしまうのでした。あしからず。
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