平成31年1月中旬、鹿児島県の廃村探索3日目、
赤松からは、2番目の初訪 農山村(営林関係)の廃村 木浦木(きうらぎ)へと向かった。赤松と木浦木を結ぶ木浦木林道には、10�勸幣紊離澄璽箸�あり、その走りごたえは記憶に残るものだった。
住宅地図から調べた木浦木の離村時期は平成5年頃。『ここに学校があった』には「昭和56年に全戸引き揚げた」とある。
浜ノ瀬ダムの着工は平成6年、竣工は平成26年なので、離村の要因がダム建設なのかどうかは微妙なところである。
小林小学校木浦木分校(のち木浦木小学校)は、へき地等級3級、児童数70名(S.34)、明治31年開校、昭和51年閉校。
少しだけ上流側の神社(山之神神社)は堂々としたものに新築されていたが、学校跡はギリギリの線で水没していた。
渇水期に来たら別の印象を受けたかもしれない。
神社の一角でやや遅めの昼食休みをとっていると、「数十年ぶりに来た」という元住民の方と出会うことができた。
画像1:木浦木・学校跡はギリギリの線で水没していた
画像2:スギ林となった住宅の跡地
画像3:真新しい社殿が建つ山之神神社
(2019年1月14日(月祝)午後1時35分〜55分頃)
ログインしてコメントを確認・投稿する